チェルノブイリ・ハート自主上映会と九州の原発環境講演会開催

 ひた地球温暖化防止協議会の今春の事業として、

2月12日(13:30)にパトリア日田・小ホールで

チェルノブイリ・ハート自主上映(無料・整理券必要)と

藤田祐幸氏(慶応大学助教・物理学者)の環境講演会を開催します。


また、2月26日には、考古学の著名人などを数人招いて

日田の古代の歴史に光を当てるシンポジウムの計画も進んでいます。
... 
チェルノブイリ・ハート自主上映と藤田祐幸氏講演会の整理券が必要方はメールを下さい。

 kun@fat.coara.or.jp

 チェルノブイリ・ハート自主上映:http://www.gocinema.jp/c-heart/

 藤田祐幸氏・小出裕章氏:http://chikyuza.net/n/archives/8237

 キエフ病院のこどもたち:http://www.youtube.com/watch?v=kFP-xx68q6Q

 ひた地球温暖化防止協議会:http://www.bmw.gr.jp/ondanka/
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1 · ·

公務員の職員トレードについて 2012.01.14.

フェイスブックの記事です。武雄市長が「職員トレード」について触れています。
それについて、私もコメントしました。職員には耳の痛い話でしょうが、時代の流れは此処まで来ています。
武雄市長がフェイスブックに書き込むと、あっという間に多くのコメントやいいね!が寄せられます。
双方向の顔の見えるやり取りで、生の色んな意見を聞くことができます。
行政情報もオープンです。一般質問でも提起しましたが、市議会の議案なども記者会見時の模様もユーストリームで放映されますから、議員と同時に市民も同じ議案を見ることができます。
これでは、議員も勉強して意見を言わざるを得ないでしょう。
日田市も早くこうなって欲しいものです。
・・・・・・・・フェイスブックから・・・・・・・・・・・
昨晩から話題の「職員トレード」。Blogに書きましたので、良かったらご覧ください。これは、硬直した公務員制度に風穴をかける絶好の機会になるかもしれない。公務員だから安泰だとか、そういう話は大嫌い。

ぜひ、どこの役所も欲しがるような人材にならなくてはダメだと思う。公務員は血税で養われてるんだから。

その一方で、市長は魅力的な人が集まる市役所を作らなくてはいけない。そういう意味では首長の責任は重い。

ご意見お願いします。
hiwa1118.exblog.jp
佐賀県武雄市長、市民ランナーの樋渡啓祐(ひわたしけいすけ)のほぼ毎日ブログです。武雄市政やまちづくり、Facebook、自分の趣味のこと、いろいろ語りたいと思っています。
 
・・・・・・・・・・・・・・・
コメント 川崎 邦輔
樋渡市長さん、お疲れ様です。職員間のトレードは、組織の活性化には寄与するでしょう。但し、トレードに値する職員が確保できているかが課題となってくるのではないかと思います。私の住む日田市では、今日「構想日本」による8事業の仕分けが行なわれました。仕分け人の質問・意見に対してタジタジの職員もいました。私も市議在職中は、簡易な質問にさえも的確な返答が出来ない職員を目にしてきました。また、市町村合併を経て職員数が増加しましたが、その能力には地位間隔差を見ることが出来ました。情実で採用された職員もいるし、長年の硬直した公務員生活のなかで自らが仕事を作らない前例踏襲型の職員が大半を占める状況です。これは、リーダーの資質にも責任があると思います。選挙での優位を確保するための方式として情実採用がまかり通っていました。ある民間企業から採用された職員は、「市役所に行きたくない。あんな仕事ぶりで給与をもらうなんて」と母親を心配させました。「お母さん、息子さんもそのうちに慣れますよ」と助言しましたが、現在も辞めることなく在職しています。上司の中には、仕事を新たに作る職員をいびるものも出て、「出る杭は打たれる」でやる気を失います。しかし、今回のトレードは一石を投じるでしょう。こうなってくると統一した職員の評価制度も必要になって来るでしょう。今、新しい政治の息吹を感じられる気がしています。どんどん新たな風を吹かせてください。まだまだ、書きたいことがありますが、この辺で。続きを読む
 
41分前 · · 3
 
 
 
 
 

久世みずきさん、今年もご活躍を 2012.01.11.

 

小学館から「トライアングル」発売 2012.01.11.

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満月の夜の新年会で、
漫画家久世みずきさんから
初版本12月31日出版の「トライアングル」を頂きました。
11月には6日発行の初版本「真代家こんぷれっくす!2」を頂きましたから、
2か月に一冊のペースで単行本が発行されています。

「トライアングル」の帯には、
ちゃおガールのゆなのさんのイチオシメッセージが

三角関係で揺れる恋心デビュー!
... カッコカワイイ主人公・亜貴をめぐって
創・史也のW男子がし烈なバトル!
いったい亜貴は
どっちの男子が好きなの・・・!?

今年も、日本の可愛いファンに素敵な本を書き上げて下さい。

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思いがけないアクセス数入賞  2012.01.08.

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  フェイスブックをやりだすと直ぐに時間が経ってしまいます。画面を閉じて、さあこれから夜の古代史研究家との会食に備えて勉強と思ったところで、「こんにちは、宅急便です!」の声。出てみると佐川急便のお兄さんが首をかしげながら「にゃんこ??からです」と言いながら「受け取りにサインを」、サインして伝票を渡すと「重たいですよ!」と、段ボール箱を渡されました。
 ずっしりと重い箱を開けてみると猫の餌が入っています。受取人は私ですが注文した覚えはありません。ふと見ると封筒が入っています。開封すると、「猫の王国」プレゼントキャンペーン、ご当選のお知らせとあります。「ヤッター!!」。
 手紙には、―このたびは「猫...の王国」プレゼントキャンペーンにご応募いただき誠にありがとうございました。アクセス数の結果、入賞されましたので「猫の王国 6点セット」をプレゼントいたします。今後とも、アイシア商品をご愛顧くださいますようお願い申し上げます。 アイシア株式会社マーケティング部とあります。
 6点セットの中身は、「猫の王国」フィッシュin、シーフードミックス・ミートブレンド・ベジタブルバランス2.3kg各一袋、「黒缶」まぐろとかつおミックス3缶・「猫の王国」秘伝のかつおぶしとまぐろぶしプラスの各一袋でした。
アクセスして頂いた皆様に感謝いたします。ありがとうございました。そしてモコちゃんに感謝です!
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人簡の可能性、これから進学就職する皆さんへ  2012.01.06.

 DVC0032500010001.jpg 私が日田高校のPTA会長をしていた時、卒業生におくる祝辞のなかで度々引用した内容をここに掲載します。フェイスブックのやり取りの中で、皆さんにも紹介したくなりました。人間の可能性について考えさせられます。この文章の蒲島郁夫氏は現在、熊本県知事になっておられます。ここに掲載した写真は、マリスト学園の後輩の小山薫堂君が「おくりびと」でアカデミー賞を受賞した記念に、熊本市のホテルで祝賀会を開いた時のものです。この時、知事にこの話を卒業生におくっているいることを紹介しました。人間の可能性、人との縁、計りしれなものを秘めています。今、生かされている今を大事に!そのことが明日に繋がります。

 

私が学問に目覚めた時

     法学部教授・蒲島郁夫

 皆さんと違って私が歩いてきた道は、名門高校から東大に一直線に進むようなエリートの人生ではなく、たいへんな回り道でした。しかし、その回り道人生から得られた教訓は、人間の可能性は本当に無限だということです。

 私が生まれた所は、熊本県の小さな村です。昔は稲田村と言っておりましたから、村の風景が想像できると思います。私は高校を卒業するまで一度も勉強した思い出がありません。全然勉強をしないものですから、高校時代は大変な落ちこぼれで、同級生220人中200番台の成績でした。私の高校時代の姿から、誰も私が東大教授になるとは思わなかったでしょう。

 勉強はしませんでしたが、本は誰よりたくさん読みました。これが後になって私の人生に影響を与えたように思います。自分の経験していないこと、知らない世界を本によって想像する。それがいつしか自分の夢につながっていったのではないかと思います。

 少年時代は3つの夢を持っていました。一つは『レ・ミゼラブル』を書いた、ビクトル・ユーゴのような小説家になりたいと思っていました。文章を書くのが好きだったのです。『レ・ミゼラブル』は私が小学3年生の時読んだ最初の本です。もう一つの夢は、政治家になりたかったことです。それは、やはり小学生のとき読んだ『ブルータクの英雄伝』に影響を受けたのかも知れません。3つ目は、阿蘇山の見えるところに住んでおりましたので、阿蘇の大平原で牧場を経営する夢をもっておりました。振り返ってみると、私の人生はこれらの夢を追いかけてきたようなものです。

 落第すれすれで高校を卒業し、地元の稲田村農協に勤めました。農家に肥料やプロパンガスを配達したり、収穫期には米俵を担いで倉庫に入れたりするのが仕事です。勤めて1、2年もすると、どうも自分は農協の仕事に向いていないと思うようになりました。そこで、第3の夢、阿蘇で牧場を開くことを考えたのです。そのためにはまず資金が要る。それより前に知識がいる。その当時、派米農業研修生といって農家の青年をアメリカに研修に行かせる制度があり、そのプログラムに応募し合格しました。

 農業研修生としてアメリカに渡ったのは、21歳のときです。私の専門は牧場経営でしたから、アイダホ州の農場に研修生として配属され、数百頭の肉牛と羊の面倒をみました。研修生といってもなかなかつらい仕事です。朝夕に牛や羊に餌をやり、昼は広大な畑を耕します。アメリカは大規模農業です。その中にあって、あまり農業の経験のない私が、農場主の期待に添うように働くのは大変です。

 そのような苦しみのなかで、3か月間、ネブラスカ大学で学科研修があり、畜産学を学びました。私はそこで生まれて初めて、学問の喜びと面白さを実感したのです。それまでは、農奴のように働いていましたから、勉強だけして生きていられる生活が天国みたいに感じられました。学問とは何と簡単で楽しいものかと思いました。そこで「大学に行ってもっと勉強をしたい」と痛切に思いました。その時が本当の人生の転機だったかも知れません。私は、再渡米してネブラスカ大学に是非入学したいと思いはじめていました。

 この農業研修プログラムが2年で終了し、1970年に日本に帰国しました。ネブラスカ大学に帰ると言ってもその旅費が必要です。名古屋で義兄が牛乳の販売所をやっていましたので、そこで牛乳配達を半年ほどして旅費を稼ぎました。航空運賃を払うと50ドル残りました。たったの50ドルもって再渡米したわけですから、後がありません。アメリカで大学入試の共通テストであるSATを受けましたが、数学も英語もあまりできませんでした。しかし、農業研修生の学科研修を担当した教授の強力な推薦もあって農学部に条件付きで入学を許可されました。24歳の時です。

 わが家からの仕送りはもちろんありませんから、生活のためによくアルバイトをしました。農業研修生プログラムの通訳をはじめ、大学の農場で働いたり、教授の研究の手伝いをしたりしました。そして、初年度の成績がストレートAでしたので、特待生となり、授業料が免除されいくつかの奨学金を貰えることになりました。また、特待生になると必修科目がなくなり、学部の枠を超えて自由にコースを選択することができます。唯一求められるのは、指導教授のもとで研究論文を書くことです。

 私は、畜産学、そのなかでも繁殖生理学に興味を持ちました。とりわけ豚の精子の保存の研究をしました。人間とか牛の精子は非常に鈍感で、冷凍で長期に保存できます。豚の精子は敏感で長期保存が困難です。1日保存が伸びればいい性質をもつ雄豚の精子を繁殖に使うことができるので、世界的規模では測り知れない経済的効果があります。指導教授のジーママン教授はこの分野の権威で、豚を何百頭も使って実験し、その結果は教授と共同で学会で発表されました。

 そこで研究するうちに、ジーママン教授から大学院に残るように言われました。そのとき私はふと考えました。このまま、大学院に残って、繁殖生理学を続けるのが一番楽かもしれない。しかし、私にはもう一つの夢がありました。それは政治を勉強することです。政治学をやるならハーバードと決めていた私のために、ジーママン教授は推薦状を書いてくれました。ところが、私は一度も政治学のコースを取ったことがないのです。その上、ネブラスカ大学を卒業するときには4人家族になっていました。ハーバード大学に願書を出したときに、家族がいるので奨学金がなければ行けないと明記しました。政治学を履修したこともない貧乏な外国人を、いきなり博士コースに、それも奨学金付きで入学させてくれたハーバード大学にはいまでも感謝しています。

 ハーバードではとても豊かな研究生活を送ることができました。最初に私が履修した政治学の科目は、S・ヴァバー教授の「民主主義と政治参加」です。それ以来、民主主義と政治参加はいまでも私の主要研究テーマです。『文明の衝突』で有名なS・ハンティントン教授との出会いには、自分の博士論文を全部書き直すくらい衝撃を受けました。彼のセミナーに提出した論文はハンティントン理論を批判するものでしたが、それにもかかわらず、雑誌に投稿するようにいわれ、あとで『ワールド・ポリティクス』という雑誌に掲載されました。教授から認められることは嬉しいものです。政治学者として生きる勇気を与えられました。

 ハーバードで、博士課程を終了するのに普通5~6年かかりますが、私は3年9カ月で終了しました。別に優秀だったというわけではなく、早く卒業しなければ食べられない事情があっただけです。どうやって早く卒業できたかというと、3年目の奨学金をもらったときに、日本までの切符を家族の分も全部買ってしまったわけです。早く予約すれば安く買えますが、日付は変更することができません。切符を捨てるか、その前に卒業するかの2つチョイスしかありません。私は博士論文を帰国の前日に提出して予定通りの飛行機で帰りました。人生を生きていく時にそういう時期があると思います。自分で自分にプレッシャーをかけなければならない時期が。

 あとは普通の学者人生です。筑波大学を経て今は法学部で教えています。

 皆さんの中には進路選択で悩んでいる人、希望している進路に進めないで苦しんでいる人がいると思います。すでにお話ししたように、私は24歳で大学に入り、卒業するときにやりたいことが分かって方向転換しました。本当に人生というのは何が起こるか分からないと思います。可能性を信じて、失敗や方向転換も恐れることなく、夢を持って一生懸命に生きてください。

 最後に一言。法学部は先だってロースクール構想を発表しました。入学定員のおおよそ3分の1が、他の学問分野を学んだ人などに開かれています。理工系から弁護士を目指すなど、弾力的な進路設計の一助となるでしょう。

明けまして、おめでとうございます  2012.1.1.

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 あけましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願い致します。

 大晦日の夕方から三が日、ひたすら年賀状と格闘中です。

 毎年の事ですが、どうしてもお正月になってしまいます。

 議員の時は、答礼の年賀状を自筆でとの制約がありましたが、

 今年は、制約を気にせずに出せます。

 そんな訳で、ブログの更新が間々なりません。

 フェイスブックの方は、

  気楽に投稿、写真・動画のアップロードも出来ますので、

 毎日、数回は更新しています。

 時間のある方は、

 フェイスブックの登録だけでもして体感してみませんか?

 https://www.facebook.com/

 さて、今年はどのような年になるのでしょうか?

 一番、気になるのがフォトンベルトについてです。

 マヤ暦の1999年が、西暦2012年となりますから。

 あなたは、下記の検索結果のどれを信じますか。

 今年のことですから、一年後には真実を体験しています。

 http://www.google.co.jp/webhp?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8#hl=ja&gs_is=1&cp=4&gs_id=p&xhr=t&q=%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88&pf=p&sclient=psy-ab&site=webhp&source=hp&pbx=1&oq=%E3%81%B5%E3%81%89%E3%81%A8%EF%BD%8E&aq=0r&aqi=g-r4&aql=&gs_sm=&gs_upl=&bav=on.2,or.r_gc.r_pw.,cf.osb&fp=7ac7b5832dc67d72&biw=1024&bih=571

 

 

 

 

日の出と夕日、太陽柱に虹柱 2011.12.28.

 IMG_46540001.jpg

今朝は、昨日に続き中之島の三隈川公園から日の出を見ました。
川面には、けあらしがゆらりと立っています。

遠方は、薄っすらと霞がかかっています。

夕方は、五馬から夕陽を見ました。
天ヶ瀬振興局で用事を済ませ、
五馬への坂を上りきると視界が開け夕日が目に入りました。

何と今日は、Sun pillar(太陽柱)が立っています。
もう少し良く見えるところはないかと車を移動させると、
視界が開け景観が変わりました。

こんな時は、と思い視線を動かすと
天ヶ瀬ローズガーデンのハウスの屋根の右端に
今度は、虹柱が立っています。

太陽が沈むまでの束の間の天体ショーです。

超ラッキー!

レインボー(rainbow)は、rain+bowであり、「雨の弓」という意味。
フランス語のアルカンシエル(arc-en-ciel)は、「空に掛かるアーチ」という意味ですが、
今日の虹は太陽柱に並行して直立しています。

中国では、虹を龍に見立てるとか、
来年は、良い年でありますように!

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市長を囲んで忘年会 2011.12.24.

   昨晩は、原田啓介市長を囲んでのプライベートな忘年会でした。
 福岡から都市高、高速を飛ばしてギリギリの時間で会場に到着。
 
 事前通知も無くいきなり乾杯の挨拶をさせられました。
 プライベートな会ですから市長も私もラフな格好で出席。
 
 たまたま、市長がシロで私がクロの衣装、
 白子と黒子(?)という訳ではありませんが・・・・・・・・。
 
 とにかく、私にとっても色んな事があった一年でした。
 
 市長も「激変の一年でした」と挨拶。
 
 日田市も大阪のように激変させて欲しいとは、
 私だけの思いでしょうか?
 

議員さんもう少し元気出して 2011.12.19.

 2011.12.19.-01 0050001.jpg 19日に市議会本会議を傍聴しましたが、終了後傍聴していた市民の方から声をかけられました。「議員さん、元気が無いですね。声が小さいし、何を言ってるか分からない、最終日もテレビ放映したら良いのに」。聞いてみると、ケーブルテレビで一般質問は見ているが、物足りなくてこうして時々最終日にも足を運ぶとのことでした。

 委員長質問にしても、これは通告が無いのですが、質問に対する委員長の答弁がなっていない。一般質問にしても、再質問をペーパーを見ながら質問していて答弁と噛み合わないと怒っていました。自分の質問内容ぐらい頭の中に叩き込んでおけば、ペーパーは要らないでしょうに!とのことです。

 私が質問する時は、登壇する時も簡易なメモ書きのみで質問していました。再質問もその場で答弁を聞いて再質問をしましたから、最初から再質問の原稿はありません。もう少し勉強しないと「ヒュウヨ取り議員なら要らない」となりますよ。

 こんなことなら執行部の方も緊張感が無くなります。今回副市長も就任しました。原田市長さん、手綱をしっかり締めて市政をリードして下さい。

 

副市長に石松雅彰氏が承認される 2011.12.19.

 2011.12.19.-01 0030001.jpg 19日午後から日田市議会が開催され傍聴してきました。原田啓介市長から副市長に石松雅彰氏を指名したい旨の提案があり、賛成多数で可決されました。本来は、9月議会に提案される予定でしたが、人事案件であり「全会一致」が望ましいとの井上明夫議長と溝口副議長が声をそろえたため、原田市長がそれなら「全会一致」が出来るならと提案を先延ばしにしたものでした。

 通常であれば、11月に国の人事院勧告を受けて職員給与の改定が臨時議会で決定され、12月のボーナスに改定を反映させるのが正常な形です。しかし、今年は国家公務員給与引下げと人事院勧告の引下げを巡って、与党と野党が対立し全国の公務員が「漁夫の利」得るというあり得ない結末が生じました。

 職員給与の引き下げは避けられないとのことから、夏と冬の支給割合を入れ替えて実質引き下げ幅を縮小しようとしたところは、対前年比で給与が上がるという現象が起こりました。民間ではありえない姑息な手段です。市町村合併の前には、駆け込み昇進、駆け込み予算消化(借金の新市への持ち込み)が行われました。

 そんなことで、12月の副市長承認となったものです。この間、4ヶ月余り新市長の体制づくりが遅れました。12月議会で多数決で決定なら、9月議会でも多数決で決定したはずです。この責任は、議会にもあります。

 市職員給与引上げにまわった前佐藤陽一市長に対し、職員給与引下げを少しでも先延ばしする戦略でしょうか?副市長の提案に対して、社民クラブの高瀬議員(元市職労委員長)から原田市長提案に対する質問がありましたが、こうゆうことが背景にあるのでしょう。結局、反対に回ったのは、高瀬議員(元市職労委員長)、羽野議員(元市職労)、古田議員(元日教組委員長)の社民クラブのみとなりました。

 溝口議員(元NTT労組)は、本会議を欠席しました。理由はどうであれ事実だけは残ります。公務最優先です。

 いずれにしても、原田市長は石松副市長のフォローを受けて行財政改革に取り組む姿勢を表明しています。抵抗勢力がありますが、市民の後押しがあります。国のような体たらくにならない様に改革を進めて欲しいと思います。

 

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