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太公望 市議会本会議 議員定数問題 決定までの詳細 2006.9.26

IMG_5765mm.JPG 「太公望」・・・本来の意味でいくと、「市民」は、望んだ「議員・議会」を得ているのか? 26日、本議会最終日。 結果、25日の「市政クラブ・共産党を除く」、15人定数・報酬検討会の話し合いの中で私が予言した通りの展開で結末を見ました。

 まず、人事案件。名誉市民に、筑紫哲也氏が議決されました。市政クラブが最初にまさかの反対を表明し、後の保守系会派は、懸念を表明し、一時否決かと思われましたが、予想通り市政クラブの考えが一転し賛成に鞍替え(何の力が働いたのか?)したため、これ以上人事に係わることに良しとせず、全会一致で賛成になり決着しました。また、報道が先行した影響をたぶんに受けた結果と、やっと今になっての執行部からの根回しか。
 しかし、執行部の今回の提案の出し方は、またまた、助役選任問題と同様に禍根を残すことになったように思えます。
 状況分析が不足していることが露呈されました。慌てる必要はなく、時期を考量すべきことではなかったかと判断します。

 議員定数問題は、予想どうり「28人」で決着しました。
 昨日(25日)、16時過ぎから、社民クラブの議員提案に対して、同じ考えの保守系・政友会、天山会の一部と、「26人」を主張する公明党、緑風会、一部天山会、無所属議員が集合し協議を重ね、歩み寄りし15人の議員連名で、議員定数28人で議員提案することに決定し、すぐに議会事務局に議案提出をする事を決定する。その前に、社民クラブの議案を取り下げ、15人連名で議案を提出する。
 その一方で、議案「定数28人」提案グループのベテラン議員らが、市政クラブに働きかけをするが、19時過ぎに解散、結論を翌朝に持越しする。
 この続きは、後日。(時間がありません。)
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 では続きを再開します。(これらのことは、水面下の話でなかなか表に出てきません。)
 26日、市政クラブは朝から協議を開始する。
 10時または、11時からは、各常任委員会を開会し委員長報告の確認作業をする。
 
 13時に、議会運営委員会を予定していたが急遽、各派代表者会議を開催するとの連絡があり、多分市政クラブが筑紫哲也氏の件で、反対から賛成に回ったということが洩れており、再度、議長調停かと思い望んだところ、共産党を除いた会派と、無所属議員(通常は、代表者会・議会運営委員会には参加できず。)が、集合しており、議長は参加せず。
 冒頭、座長が、昨日事務局に提出した、15人連名の「定数28人」議案を、取り下げ市政クラブを含めた議案にして欲しいと切り出す。

 しかし、この件に関し市政クラブからの説明がなく、また、緑風会・天山会・無所属議員には、何ら事前説明がなく、とりあえず、川崎議員が市政クラブの説明を求めたところ、市政クラブは最後まで「定数30人」と「定数29人」と「定数28人」の選択で議論し、結局「定数28人」で決着したという報告のみで、「定数28人」の議案の要請がないため、川崎議員は席を立ち、再度、会派(緑風会)と天山会の一部と、「定数26人」を、再度主張するか協議に入る。
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 ここで、9月14日の「活動日誌」を参照願いたい。(左のカレンダーの14日をクイック。)各議員の定数に関する主張が分かります。
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 ここで整理します。
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 市政クラブ「定数30人」、共産党「定数30人」 二つの会派で議員17人。現在の議員は33人(定数34人・欠員1人)の為(合併特例で暫定的に定数34人)、議長を除く32人が議案の採決に望みますから、議案成立の絶対要件は、17人の賛同者がいれば議案成立となります。だから、市政クラブと共産党が手を組めば条例定数「定数30人」が成立します。しかし、そうすれば市政クラブに「共産党と野合した」との批判は免れず、かといって「定数29人」を議案提出すると、「定数30人」が3人、「定数29人」が14人、「定数28人」が15人となり、3議案とも17人をクリアーせず、すべて廃案となり現在の条例定数が有効となり、このまま選挙に望めば、改選議席は26人で自治会連合会が望んだ、「定数26人」となった訳です。だから連合自治会・理事会の要求は、議員定数は「現在の条例定数26人を維持すべきである」とすべきであった。 

 こうしてみると、市政クラブの選択は、「定数30人」では、野合批判をかわせず自治会連合会の反発も買う。(いずれも選挙の時に困ることに)、「定数29人」では、三竦みで定数が決まらず最悪の「定数26人」という事態も。これは、「定数28人」を、最初に主張していた議員も同じであり、究極の選択で「定数28人」の軍門に下ったとみるべきだ。
 
 ということで「定数26人」を、当初から主張していた、松野議員、草野議員、川崎議員、城野議員、財津議員、大久保議員は、こうした流れのなかで、止む得ず、「法定定数30人」から「如何に定数を減らすか」という大局にたって、「定数28人」に同調したということである。
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 このあと、議会運営委員会でまたまた紛糾事態が発生しましたが、このことはまたの機会に譲ります。

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