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ナニャドヤラ キリスト祭


 毎年6月第一日曜日、キリスト墓前でキリスト様の霊を慰める為に開催される。神主が祝詞を上げた後、玉串を捧げ、奉納の獅子舞、意味不明の盆踊唄、ナリャドヤラを奉納する。どうして神式なの?と思われるでしょうが、一回だけ牧師さんで試みたが地元の人にあわず神式で行われている。

 ナニャドヤラの解釈(旧南部藩領内~岩手県北から青森県南に伝わる盆踊唄)
①足利尊氏に吉野から追われた長慶天皇が「お隠れになられた」と宣伝しては、墓を作り逃げ延び新 郷村にもある。その際、名久井岳の長谷寺に落ち着いた長慶天皇が梵語で唄を作ったと言う説。「ナニャドヤラ」は、「この世の中で長谷より他に住む都はない」と言う意味。
②北村益氏の五・七・五で、俳句の元祖みたいなものと主張し、もっとも短い短詩形の歌であるという説。民俗学者の柳田國男氏は、「恋歌」と解し、「なんなりとおやりなさい」「なんなりとなされませんか」「なんなりとおやりなさい」つまり、「今日は楽しい祭りの日です」「若者達よ、もっと勇気を出して自分の心を示しなさい」「元気を出しなさい」と若者を鼓舞している歌であるという説。
③「ナニャドヤラー ナニャドナサレノ ナニャドヤラー」 この歌詞を、米国シアトル在住の神学博士川守田英二氏(岩手県二戸市出身)が、久々に故国に戻り、戸来村の佐々木伝次郎村長宅に宿泊した時、ヘブライ語で解釈すると次のようになると。 お前の聖名をほめ讃えん
 お前の毛人を掃蕩して  お前に聖名をほめ讃えん
と、訳しています。大正から昭和の初めまで小学校の校長を20年務めた佐々木高三氏宅には、二番から十番まで続いていたものが残っていたそうですが、今では定かではない。シナイ半島にも同様の唄が歌い継がれていると言う。
④北条時宗の時代、蒙古襲来の時に、一遍和尚が「ナムアミダブツ」を普及遍歴して歩き、能登半島周辺では、蒙古襲来に脅えた人達が、一遍和尚の「ナムアミダブツ」を唱え続け、やがて棒や釜など音のするものを何でも持ち寄り、念仏踊りが流行し、その時、東北に逃げ延びてきた人達が「ナムアミダブツ」を唱え続け、短調になったする説。

 とにかく、いろんな説がありますが、「恋歌」「梵語」「古代ヘブライ語」「念仏盆踊唄」など色々あっても、私達は新郷村の「ナニャドヤラー ナニャドナサレノ ナニャドヤラー」を、大事に大事にして残していきたい。とのことでした。

 日田にも、新郷村に負けない多くの史跡・伝説など沢山あります。これを活用しない手はない。
 これからも、頑張ります。
 

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