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日田市にお年玉! 金銀錯嵌珠龍文鉄鏡 金錯嵌帯鉤


 12月議会の私の一般質問で触れていた、日田市の三つの宝物のうちの二つが九州国立博物館に元旦早々から展示されるとのこと。金銀錯嵌珠龍文鉄鏡と金錯鉄帯鉤が上野の東京国立博物館から九州国立博物館に短期間ですが、日田市の近くまで戻ってくるとのことです。
 とても精巧な鏡で、中国でも魏の曹操クラスの皇帝しか手に出来なかったもので、日本では日田市から出土したもののみです。貴重なそして、日本の歴史を塗り替える要素を持ったものです。
 金錯鉄帯鉤も同様の代物です。
 25日の午後3時半からの日田市役所内の記者クラブで市長が会見し、明らかになりました。
 展示期間中に、日田市からバスツアーを企画するそうです。
 楽しみです。そして、とても嬉しい話ですが、早く日田市に戻ってきて欲しいものです。そして、他の遺跡や出土物などを展示する宇佐市の風土記の丘に匹敵するものを作って欲しいものです。
 金銀錯嵌珠龍文鉄鏡・・・http://iris.hita.net/~city/rek/sub5.htm
 金錯鉄帯鉤・・・http://www.e-obs.com/rekisi/kodai/kokogaku/taiko.htm

2005年1月に新井信介氏の講演会を主催しました。
その後の、彼のホームページです。今は、財団の理事に就任し中国との間を行き来しています。
中国の胡錦濤氏に近い人たちと交流しているようです。
新井信介氏・・・http://mediacapsule.ne.jp/purplejade/

倭国の始まりは、日田。
 こんにちは。

大分の日田での、講演会は、50名近くが参加され、また、自分としても
新しい発見があり、とても楽しいものになりました。

 九州の北部の水源であり、ここを抑えることは、そのまま、下流域に
絶大な影響力を確保することになります。

 日本最初の稲作は、BC10世紀、つまり3000年前に佐賀県で始まった、
と最新の研究発表は報告しますが、当初は、沼地に、籾をまくだけの、極めて粗放
なものだったでしょう。

 それが、畔を作って、きちんとした田にして、さらに、苗代まで育成した、
管理型稲作が、一体、いつからの時代から始まったのか、これは、大きな
疑問です。

 とうぜん、そのときの水利のノウハウを持っているものが、
日本列島でも、王権を築くことになったでしょう。

この日田ですが、これは、 霊(ヒ)田でもありましょう。
現地には、久津姫の伝説が残っています。

私は、こここそが、日本の最初の倭国であると、にらんでいます。
大体、BC1世紀から、3世紀の初頭まで、この地は、王権が
あったのではないか、とおもいます。

そして、そのときの歴史を、そっくり、奈良にあったかのように、
書き換えているのが、記紀ではないかと、推理しています。

卑弥呼は、三国時代の公孫氏と、政略結婚して、権力を強大化し、
さらに、畿内に入ります。

日田には、そのときに、送られたと思われる、魏の時代の、
帯鈎と鏡が出土しています。

また、幕末維新でも、この日田は、大きな秘密があります。

井上準之助が、ここの出身でした。
日田の代官所は、長崎奉行所を押さえていたのも事実です。

面白くなって来ました。
これから、熊本です。

ps: 日田の付近に、「夜明け」という地名の集落があります。
   なにか、「かごめ歌」の秘密も、ここにあるようです。

Posted by Arai at 2005年01月29日 10:25

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