金銀錯嵌珠龍文鉄鏡の文字
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡の文字が見えますか?
「長宜子孫」
このレプリカは、本物を忠実に再現しています。
鉄の成分から分析し、金・銀・宝石もすべて本物。
東京国立博物館の分析結果に基づき、鉄は新日鉄の技術者、象嵌は肥後象嵌細工師に依頼し、私の友人達(この金銀錯嵌珠龍文鉄鏡を愛する)が出資し作成した、貴重な、そして高価なものです。
今は、日田天領資料館に展示されています。
しかし、当時の本物はもっともっと素敵な素晴しいものだったでしょう。
銅鏡など足元にも及ばない、権威権力の象徴だったことでしょう。
金錯鉄帯鉤を同様ですし、数本出土しています。
出処は明らかですが、詳細は秘密です。東京国立博物館にも個人が貸し出ししています。
当時の事を、明治生まれの渡辺音吉さんに聞けば、大きな勾玉など貴重な代物が他にも沢山出土したようです。
でも当時は、その価値さえも分からずにぞんざいに扱われたのでしょう。
骨董品屋に流失したものも多々あるようです。
誠に残念です。
しかし、この金銀錯嵌珠龍文鉄鏡のたどった軌跡は、運命としかいえないものがあります。
なんと天理市で、この金銀錯嵌珠龍文鉄鏡に光が当たることになります。
当時、京都大学の梅原教授がこの鏡に目を留めます。
ちょうどその時に、東大寺山古墳から出土した象嵌された剣の研ぎ出しを考えていた頃で、この鏡らしきものを使って、研ぎ出しの練習をしてみよう。何という偶然でしょうか。研ぎだし始めた鏡を見て、ビックリ仰天!飛び上がって喜んだとあります。当然でしょう。この鏡が、奈良地域からの出土物であれば、邪馬台国は機内に決定、でしょう。
しかし、足跡をたどって日田市の渡辺音吉氏のもとを訪ねてみると、日田出土に間違いなし。だったら、邪馬台国は・・・・・・・・・・・。しかし、邪馬台国を考えるとき、九州説・畿内説・四国説という狭い地域で考えるのは止めて、東アジアのなかで、中東も含めたアジアのなかで考えると、ナルホドとなるのでは。でも、素人では、これ以上の展開は無理です。でも強い味方がいます。そのうち紹介できます。お楽しみに。
いずれにしても、日田の古代を探ることは、日田が天領地になることの必然性が分かります。
九州で唯一の勅願寺の存在。
日本で唯一の鉄鏡の出現。
しかし、まだまだ本物が眠っています。
日田には、まだ未発掘の遺跡が眠っています。
誰が、眠りを覚ますのでしょうか。
日本最古の環濠居館の小迫辻原遺跡。そしてダンワラ古墳の近く、久津媛が住んだという会所山(よそやま)には、未発掘の古墳がまだあるようです・・・・・。