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9万年前の埋没林発見 九州で2例目 2007.1.26

 
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 9万年前の埋没林が日田市の小野川河床で発見されました。正確には、8万9千年前の阿蘇山の第4火砕流で埋没したもので、九州では2例目(佐賀県三養基郡上峰町・国の天然記念物)です。 阿蘇山の第4回目の大爆発で火砕流が日田まで到達されもので、倒木の表面は焼け焦げており、それが火山灰などの粉塵で覆われ、そのまま埋没され水に浸っていたのが幸いしたようです。当時の火砕流の到達温度は300℃から400℃と想像され、これが表面だけの燃焼で終わり、この場所が河川敷きだった事などが、保存状態を最適に保ったようです。 このような遺物は、仙台市の地底の森ミュージアムや魚津市の魚津埋没林、青森市の三内丸山遺跡の栗の木のように、古代の自然の環境が現在までの保存を可能にしてくれたもので大事にしなければ「罰(バチ)が当たります」、そして自然の摂理に感謝しなければ。 仙台市の地底の森ミュージアムが出来たきっかけなどは、行政の考えられない思考によって生み出されています。 佐賀県の八藤丘陵は、吉野ヶ里遺跡の近くにあり佐賀県人はそれを誇ったものですが、日田のそれは、それ以上に保存状態が良く、それも広範囲に亘る事が想像されます。 また、日田市には、三つの宝物、小迫辻原遺跡、金銀錯嵌珠龍文鉄鏡、金錯鉄帯鉤があり、そのうち小迫辻原遺跡は、吉野ヶ里遺跡を上回るのものと、当時から考古学者の間で言われていました。 日田市内の弥生時代の遺跡をプロットすれば、日田市中心部を網羅しています。 そして、鉄鏡と帯鉤は、日本で唯一の出土例と言われています。 九州や東京国立博物館もそれを認めています。今回は、小迫辻原遺跡の時のように簡単に高速道路のために一部を壊すことなく、保存活用を充分に考えて欲しいものです。 高速道路は必要ですが、少し路線を変更すれば小迫辻原遺跡の全容を残せた筈です。日田市の将来を見据えた時には、貴重な付加価値を日田市に残したものと考えられます。目先の利益のみを考える者には、分相応の物しか与えてくれません。先を見通す力量を期待したいものです。 なんだか話が逸れてきましたが、今回発見された倒木は、大きい物で直径が1.5メートルにもなり、当時の、9万年前の九州の自然環境を推察する貴重な物になるでしょう。 また、今見えているものより3mから4m下まで埋蔵木があるそうです。 昔を知ることは、これから先を賢明に生きることに繋がります。 また、これらの遺物があることは以前から地元の人は知っていたそうです。

 いずれにしても、今後の保存、活用方法は十分に考える価値あるものになります。今回の管轄は県ですが、他県では国の天然記念物になり、ちゃんとした保存施設を作り地域の顔にもなっています。

 今回は、今日一日だけの公開で、埋め戻されるようですがなんと言うことでしょうか。もう少し余裕を持って公開し、地元の活性化に寄与してもらいたいものです。行政の秘密主義が垣間見えます。こうゆうところが住民の反発を買う原因ではないでしょうか。
 いずれにしても、今後の行政の対応を期待したいものです。そして、それを推進するように監視し、また協力もします。


八藤丘陵関連サイト・・・http://www3.ctktv.ne.jp/~ta_2913_/saga/kamimine/maiboturin.html
http://www.pref.saga.lg.jp/at-contents/kenseijoho/koho/kisha/data1605/1605-14-1.htm

吉野ヶ里歴史公園・・・http://www.yoshinogari.jp/

小迫辻原遺跡関連サイト・・・http://http://www.e-obs.com/top/heo/heodata/n130.htm

http://iris.hita.net/~city/ozkok/ozkfrm.htm

 

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