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地域文化を活かした町づくりー歴史文化講座  2007.9.8

IMG_8930mm.JPG 今年で、第10回目を迎える別府大学歴史文化講座が、別府大学日田歴史文化研究センターで、8日開かれました。まずは開講式で、後藤宗俊教授が挨拶し、佐藤陽一市長が来賓挨拶を行いました。
 もう今回で10回目です。早いものです。天領日田を見直す会や小迫辻原遺跡研究会のメンバーと別府大学の西村理事長を訪ね、日田に研究所か学部の設置が出来ないかと要望したところ、直ぐに応じていただき、日田市に話を繋げ、田島町の市役所別館(旧水道課跡)に別府大学日田歴史文化研究センターを設置することが出来ました。
 別府大学は、文化財学科を抱える全国でも珍しい大学で、そのフィールドワークでも埋蔵文化財が多いい日田市に出先を設置すれば一挙両得ではないかとの問いかけに、西村理事長の即決即断が功を奏しました。もっとこのセンターを核に、大学の風を吹かせて欲しいと思います。

    今年のテーマは、「地域文化を活かした町づくり」で、今年の12月まで8回の講義が予定されています。今回の第1回目は、「遺跡を活かした町づくりー小迫辻原遺跡から天神山古墳群ー」と題して、後藤宗俊教授が記念講演をしました。
 吹上台地に見るNTTの鉄塔工事で発見された弥生の大集落と「王墓」群、高速道路建設に伴う調査で新たに発見された60基余りの横穴古墳群。この地は、まだ手付かずの未調査地帯が残されています。  IMG_8947mm.JPG
 日本最古の豪族居館跡・小迫辻原遺跡や、この遺跡を結ぶ玖珠の白岩遺跡と杷木町西の迫遺跡の烽火台のネットワークの存在、そしてこれらが現代の高速道路網と奇妙に一致する点。
 朝日天神山古墳で出土された三輪玉や須恵器の存在。未発掘の朝日天神山古墳が装飾古墳である可能性が高いこと。日田にある他の装飾古墳群との関係。筑紫の君、磐井の乱との関係。
 日田には、これまでに発掘された貴重な遺跡群の存在、そして未発掘のものがまだ残されている現実など、これらの遺跡を活かした町づくりが、日田市を伸ばす可能性が高いことを話しました。
 (写真は、出土した土器に彫られていた「大」の文字。「大」は、大領=郡司の長官と解されます。)  従来から私が主張してきたことと繋がります。金銀錯嵌珠龍文鉄鏡と金錯鉄帯鉤など数多くの、考古学者の頭を悩ます存在の数々などを。そして新たな発掘で、新たな発見があれば、日田市の魅力はどんどん広がります。この可能性に賭けなければ、日田市の未来は無いのではないでしょうか。  

2012年2月

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