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大分の埋蔵文化財調査と保存の軌跡  2007.11.11

 
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午後から宇佐市の大分県立歴史博物館に足を運びました。

10月19日から12月2日まで開催されている、特別展「大分発掘ものがたり~よみがえる郷土の歴史」を見学に行き、特別講座「大分の埋蔵文化財調査と保存の軌跡」と題した、宮内克己氏の講義を拝聴してきました。

まずは、大分市の大臣塚石碑(寛永12年・1635)、日本最古の古墳遺物の保存と顕彰碑を残した府内城主日根野吉明に触れ、次に、宝暦9年(1759)岡藩8代藩主中川久貞による緒方町の三宮神社出土の経筒の保存を図り、「古器をうずむる碑」の顕彰碑について説明しました。

また、天保五年(1834)に後藤伊賀守碑銘始末に触れ、県下最古の遺物(直雄刀・轡・鉄鏃など)を岡藩原尻村の横穴古墳墓から発見し、石碑を建てて、現在でも地元で保存保管されています。日田市の出土物とは、豪(えら)く違いがあります。

 

講義室での話の後は、展示物を一つづつ説明して頂きました。

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展示物では、里帰りした赤塚古墳(左の画像)の三角縁神獣鏡が目を引きましたが、私の関心は、日田出土伝の金錯鉄帯鉤です。

どうやら、大宰府の博物館から借りてきたもののようでした。この金錯鉄帯鉤は、他にも存在しており、日田縁のものです。

日田市小迫辻原遺跡では、たたいて薄くした大陸系土器の出土があり、朝日天神山古墳では平底の須恵器の埴輪、吹上遺跡では、ゴホウラ貝製貝輪、イモガイ製貝輪を着けた男女の人骨や多くの副葬品が出土しており、相当な有力者であったことが判明しますとの説明で、深く触れようとはしませんでした。

 

日田関連で、「豊後国日田の石人」明治30年、「豊後国日田の横穴と包含地」大正13年、日田市小迫辻原遺跡、後迫・朝日天神山古墳穴観音古墳法恩寺山古墳群ガランドヤ古墳・・・。

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