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大分県教育功労者表彰 2007年度

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 本年度の大分県教育功労者表彰受賞者のなかに、日頃から親しくしている二人の名前があります。中津南高校校長の後藤孔彰先生と日田市立東部中学校校長の大庭憲幸先生です。二人ともPTA活動を通じての親交です。私が三隈中学校育友会会長時に、大庭先生は教頭として、そして再び校長として赴任し、学校経営に、お互い協力し合いました。

 教頭時には、大荒れの三隈中学校でした。生徒の校内喫煙は日常で、職員室の前まで来て喫煙し、教師を挑発する始末。「ガシャン」とガラスの割れる音が校内に響く。卒業式には、私服刑事が配置。ピアス、マニキュア、茶髪、紫の髪も登場。なんでもありでした。新聞の紙面にも。こんな中学を、当時の太田校長、大庭教頭、小池先生らが赴任してきて見事に再生させました。オープンスクールも最初に始めました。文化祭へのバザー参加で手作り料理の提供をしたりと。

 校長時には、二人で協力し、2年続けて三隈中学校の卒業式を市民会館で開催しました。アンケート調査で反対する意見も三割ほどありましたが、全校生徒が参加し卒業式を体感する場所は、市民会館しかありません。それまで、卒業式に参加する生徒は僅かの代表者のみで、参加できない生徒は、当日は「お休み」でした。これでは、卒業式の感動は、全校の在校生には伝わりません。私たちの動きをスタンドプレーと見る、当時の市会議員の妨害もありましたが、子供のために「ゴーサイン」です。

 当時係わった先生たちも、あの時の感動を良く口にします。私も、市民会館でのあの「鳥肌立つ」感動を今でも鮮明に覚えています。反対していた保護者らからも、「ありがとうございました。」「考え違いをしていました。」など、賛同の声を聞きました。

 この試みも、大庭校長の異動、私の育友会長退任に伴い、もとの狭い体育館に戻りました。しかし、全校生徒を卒業式に参加させるという試みは、今でも果たせないものの、式の最後の合唱の時に、3年生がステージに上がり、開いた場所に式場の外で待機している在校生が、式場に入場し、ここで始めて全校生徒が揃うというやり方に改善されました。

 

 中津南高校校長の後藤孔彰先生との出会いは、先生が日田高校校長として赴任してからの2年間、日田高校PTA会長としてお付き合いさせていただきました。それまで沢山の先生方と出会ってきましたが、これほど真っ直ぐな先生は初めてでした。偉ぶるところは全く無く、腰は低いのですが、威厳のある先生でした。PTA全国大会(四国)や九州大会(宮崎)に同行し、その人柄に触れるにつけ、その魅力に惹かれていきました。人生の師とするに相応しい人です。

 今回の受賞は、大分県の理科教育の発展、進学指導体制の確立に努め、現在、進学指導重点校校長として進学力の向上を図るとあります。先生から教わった進学指導、進学情報は、自分にとって得がたいものとなりました。当時、従妹の子供が3人開成高校に通っていましたが、其処での内部情報と、先生からの最先端を行く公立高校の進学指導姿勢を聞いた時、共に共通点があったことを思い出します。地方の高校の進路姿勢とまるで違います。

 先生の異動を聞いた時、もう少し日田高校にいてくれたらとの思いに駆られました。残念でした。

 

 お二人とも、本年度で退職ですが、今後とも、益々のご活躍をご祈念いたします。

 今回は、受賞、本当におめでとうございました。

 http://edu.oita-ed.jp/kyoiku/376_03.pdf

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