ナノカーボン製造実証プラント立地 2008.8.29 

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 29日の朝刊、毎日新聞社の地方版に、日田市に東芝「ナノカーボン製造実証プラント」立地の記事が。立地は、有田のウッドコンビナート内にとの記事が掲載されました。これは、従来から東芝が日田市に立地の意向を伝えていたものが実現に向かって動き出したと言うことです。これに関しては、私も一般質問で取り上げています。また、このナノカーボンについては、三年前に長野県で全国高等学校PTA全国大会が実施され、その講演会で、遠藤守信教授の話を聞いてから、ナノ技術の虜になりました。そして、遠藤教授の話で、日本の将来に夢が持てるようになりました。

 今回の立地には、林野庁の委託事業「森林資源活用型ニュービジネス創造対策事業」に採用されたことで、弾みがつきます。委託費は、今年度1億6千万円(期間最長5年間)。そして、成果の知的財産は基本的に国の所有となり、使用権を東芝が持つことになります。

 このナノカーボンでは、カーボンナノチューブが有名ですが、例えば直径10億分の1m単位の炭素粒子でできたチューブに水を注入すると、鋼鉄のような強さを持ったり(チューブの方が水の分子より細かい為)、建物では富士山クラスのものができ、高いものでは大西洋の海面から上空の静止衛星間で行き来できるエスカレーターができ、宇宙空間で空中送電線にこれを使うと電気抵抗がゼロに近くなる。他に、ICチップの最小化と記憶容量の倍増化、バッテリーの放電回数の飛躍化、パソコンなどの最小化など、現在の自動車産業に匹敵する未来産業で、実用化には、各国が鎬を削っています。アメリカなどは数年前から、国家プロゼクトとして多額の資金(2000億円)を投入しています。

 このような素材の供給基地に、そして研究開発地となれば、それに伴う産業の立地も可能となります。カーボンの素材は、日田にある杉・ヒノキです。林業の活性化、環境保護の推進、新産業の創造、しいては日本の再生にも繋がる可能性を秘めています。日田市の前向きな取組みを望みます。

 

東芝:ナノカーボン製造、実証プラント立地を日田市に申し入れ /大分

 未利用木材を化学変換して高付加価値のナノカーボンを製造するシステムを開発中の総合電機メーカー、東芝(本社・東京)が、日田市東有田のウッドコンビナートに実証プラント用地の確保(賃貸)を申し入れたことが分かった。これに関連し、林野庁の「森林資源活用型ニュービジネス創造対策事業」適用が28日に採択された。ナノカーボン素材は千数百億円の市場規模があるといわれ、不振にあえぐ日本三大林業地に展望を開きそうだ。【楢原義則】

 東芝は市場価値がなく処理に困る間伐材、樹皮、製材端材などを原材料として、分子レベルの独自の熱分解システムを使ってガス化し、高品質ナノカーボンを生成することに国内で初めて成功していた。

 これを受けて7月初め、新産業を創出する林野庁の委託事業である同創造対策事業に応募していた。委託費は今年度1億6000万円(期間は最長5年)。成果の知的財産は基本的に国所有になり、使用権を東芝が持つという。

 市に説明した実証プラントの事業イメージによると、08~11年度はデータ収集、課題洗い出し、技術開発・改良を重ね、12年度に実用化システムを完成させる。施設でスギ、ヒノキなど木質チップ(粒径3ミリ以下)を1日120キロ受け入れ、生成ナノカーボン約6キロができ、炭が24キロ生じる。必要な人員は当面5人程度という。

 ナノカーボンは直径がナノ(10億分の1)メートル単位の炭素粒子で出来た物質。「カーボンナノチューブ」が代表的で、導電性を高めたり、強度を上げる添加剤などに使用できるため、パソコンや携帯電話、自動車内・外装、燃料電池などの先端素材に活用できる。

 実証プラントについて東芝広報室は昨年11月、毎日新聞の取材に対し「原材料が入手しやすく、半導体産業、自動車産業などが同じ県内にある日田に先々は商業用プラント(生産能力年間3000トン)を建設したい。原材料が木質のため、高機能カーボンの市場価格を安く抑えられそう」と答えていた。

 佐藤陽一日田市長は「不要な木材資源が最先端産業に結びつく夢のある取り組みだ。市としても申し入れを前向きに検討したい」と話している。

毎日新聞 2008年8月29日 地方版

 

 

夏の夕暮れ時の三隈川に祇園囃子が 2008.8.9

 一昨日と一味違う、三隈川の夕暮れ時です。
 毎日、違った顔を見せてくれます。
 三隈川の川面から、祇園囃子の調べが流れてきます。
 そう言えば、今年から、結成なった女性のみによる祇園囃子の囃子方でしょうか。
 女性の囃子方の誕生は、
 日田の長い祇園祭りの歴史の中で、始めての事でしょう。
 囃子方として、祇園山鉾の中に乗り込むのは、
 到底無理でしょうが、日田の祇園に新しい風を吹き込んでくれました。
 今後の活躍に期待します。

 祇園囃子を検索していたら、トップにあるのが、ユーチューブのこの動画
 意味がチョット違うようですが。

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"禁制"の女性に活躍の場 伝統の日田祇園囃子 屋形船で初演奏
2008年8月5日(火)10:30

 200年以上の歴史がある日田祇園囃子(ばやし)を学ぶ女性グループが3日、日田市内の三隈川で、屋形船の観光客向けに初の演奏を披露した。祭事については「女人禁制」のしきたりがあるが、女性奏者の活躍の場が1つ誕生した。

 日田祇園囃子保存会の前会長、大蔵昭七さん(76)が「伝統継承に性別は関係ない」との立場でここ数年、女性奏者の練習参加を受け入れた。約10人が保存会の指導を受けており、笛、太鼓、三味線の各パートがそろったため、観光客向けの演奏を始めることにした。3日は7人が乗船。保存会メンバーの伴奏とともに「梅ケ軒端(うめがのきば)」「頃は卯月(うづき)」など比較的簡単な曲を約1時間披露した。

 最年少は、笛担当の南部中2年杉森のえさん(13)。「山のぼせ」の父、兄とともに地元大和町の山鉾を引いて育ったが、中学生になるとしきたりで山鉾を引けなくなるため、4年生の時に囃子の練習を始めた。「新鮮な時間だった。いつか山鉾(やまぼこ)の上でも演奏してみたい」と、さらに練習に励むつもりだという。

 日田市観光協会のガイド、吉瀬友佳子さん(36)も笛を担当した。「まだ音がうまく出ないこともあるが伝統を学びたい。日田祇園祭についての知識も深まり、仕事にも役立つ」と話していた。

=2008/08/05付 西日本新聞朝刊=

素晴らしい夕焼けに心を奪われ 2008.8.7

 
西の空にある雲が茜色に染まっています。
素晴らしい夕焼けが。空の様子が刻々と変わっていきます。
頼母子講の開始時間は既に過ぎていますが、
足の方は会場とは反対方向の亀山公園の方に。
こんなシャッターチャンスを逃す手はありません。

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七月のある日の朝   2008.7.

 北京オリンピックも終わり、暑い夏の気配から、朝晩の涼しさに季節の移ろいを感じる頃となりました。
 八月中は、初盆参り、地域の夏祭りやイベントが目白押し。
 ブログに書きたいことは、沢山あるのですが、八月後半には、保険業務の精算業務、満期案内送付、大分市での資格試験、業務監査などを控え、気持ちに余裕が無くブログの方が疎かになっていますが、月末までにはペースを落ちなおすでしょう。
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2008.7.8

北京オリンピック開会式 2008.8.8

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北京オリンピックの開会式が開かれました。開催そのものが危ぶまれる事態が続いていますが、予定通り始まりました。環境問題、人権問題、衛生問題など多くの問題を抱えての開催です。

 「一つの世界」「一つの夢」を求めての開催です。入場行進する204ヶ国の選行進している各国選手団を見ていると、その感を強くします。こうゆう形で、世界の人々が手を繋ぐと「平和」が実現できるのでしょうが。

 でも、こうしている間にも地域紛争で、多くの人間の血が流されているのも現実です。

 中国にとって今回の北京オリンピック、次の上海万博は、国家の威信を賭けた大事業です。しかし、これらの事業を通して世界の現実とも国民が向き合います。今後の中国の動向は、これまで以上に注目する必要があるでしょう。

 入場行進で、イスラエルの次に日本が入場しましたが、因縁めいたものを感じました。先月、7月20日に、日田祇園会館で山鉾の組立をやっている時に、京都の新井信介さんから電話が入りました。イスラエルの首相が辞任し、後継者にエリ・コーヘン氏が有力視されているとの連絡でした。これで中東情勢が変化する可能性が出てきたのとの事でした。私とエリ・コーヘンさんが会食してから、もう一年になります。

 (話がそれました。)

 そして、開幕式のセレモニー、中国の演出に改めて感心させられました。上海での国際観光花火大会に招待された時に、その片鱗を感じましたが、さすがです。総合監督は、チャン・イー・モー。なるほどです。納得。空中滑走から聖火に点火。

 最後まで、何も起こらないことを祈ります。

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闇の子供たち  2008.8.8

IMG_1551mk.JPG 今日届いた手紙に、「マヨのぼやき」というブログが紹介されていました。

 さっそく、「マヨのぼやき」で検索しましたが、 ヒットしません。

 それで、「マヨ」「ぼやき」の二文字で検索したら、出てきました。

 ナルホド。納得の内容です。

 その中から、「闇の子供たち」の映画のHPにアクセス。 

 ウ~ン、言葉が出ません。

 未だに、これが現実・・・・・・・・・・。

古より伝わる職人の業、日田下駄展  2008.8.6

 日田市立博物館で開かれている、「日田下駄展」に足を運びました。展示場の2階に上がると、円形に下駄を積み上げた物が目に入りました。昔、見慣れた光景です。月隈小学校の通学路には、多くの下駄工場があり天気の良い日には、このように下駄の材料が積み上げられていました。この積み上げられた下駄ですが、要領良く積み上げられていて、途中の下駄を2、3足抜いても円形が崩れない、しっかりとした頑丈な代物です。試しに一足抜いて揺さぶってみましたが、大丈夫でした。

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 古(いにしえ)より伝わる~とタイトルにありますが、日田にある下駄で最古のものは、古墳時代6世紀頃の赤迫遺跡から発掘されたものです。また、日田で下駄生産が始まったのは、天保年間(1830~1843)頃と伝えられています。文久2年(1862)の廣瀬家文書には、日田の特産品として下駄が上げられています。
 会場には、古い絵図、餓鬼草子の写真が展示され、下駄を履いて用を足す人々や、草鞋や下駄を履いた人物画などが興味を惹きます。


 古より伝わる職人技、古い昔の道具「日田下駄展」  
 期   間 平成20年7月22日(下駄の日)~8月30日
 開館時間 午前9時~午後5時30分(金・土は夜8時まで)
 場   所 日田市三本松1-11-24 日田市立博物館2階
 入 場 料 無料
 後   援 大分日田げた組合
 問合わせ 博物館 0973‐22‐5394 

雨でラッキー、日田林工  2008.8.6

IMG_2013mk.JPG  夏の甲子園大会に出場している地元、日田林工高校が登場とあって、パトリア日田の小ホールの大画面の前には、多くの市民が詰め掛けています。

 私が到着した頃には、0:4のスコアーで大苦戦中。ところが、空に雲が広がり激しい雨が降り出し、試合が中断。これが吉と出るか凶と出るか。

 しばらくして、場内放送でノーゲームの発表。果たして、日田林工高校にとってこれが「恵みの雨」となるか。

 明日は、そつの無い、落ち着いた試合運びを期待します。

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