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元外交官がメールで知らせる

元外交官の原田武夫さんがメールマガジンで世界の流れを教えてくれます。

世の中の仕組みが分かってきます。

新聞情報だけでは、今の世の中生き残って行けません。

・・・・・・・・・・以下に引用させていただきます・・・・・・・・・

日本人にとっては「いつか来た道」とでも言うべき光景が、今、米国で見られている。"不良債権の公的資金を用いた買取"という制度の創設である。いろいろなことが語られているが、率直にいえば、これはもはや資本主義・自由主義の域を超えている。なぜなら、「自由に取引が出来、富を得ることもできれば、大損して破産することもある」というのがそこでのお決まりのルールだからだ。しかし、「自由に取引が出来、調子の良い時にはそこで得た富を湯水のように使っても良いが、もし大損をしたら政府が助けてくれる」というのでは、もはやこのルールからは完全に逸脱してしまうことは、明々白々であろう。

したがって、本来であればそうした「禁じ手」すら打ち始めた米国の通貨=米ドルは信用を失い、暴落しても良さそうなものである。しかし、9月が過ぎさろうとしても米ドルは、一部の日本の経済評論家たちが叫んでいるような"暴落"といった事態に見舞われてはいない。一体、どうしたというのだろうか。

その理由は簡単だ。―――今、起きている現象は、いわば「貸し剥がしに伴う米ドル高」とでもいうべきものだからだ。米国マーケットで取引をしている各国の企業たちは今、「このまま行くとこれまで米国マーケットでしてきた取引(とりわけマネーの融通)が踏み倒されてしまうかもしれない」と恐れ、我先に強引な資金回収、すなわち"貸し剥がし"を大急ぎで行っている。日本の大手メディアはどこも言わないが、だからこそマーケットの中で決済手段としての米ドルが足りなくなり、時にはじりじりと高騰すらするという状況になっているのだ。

もちろん、「上げは下げのため、下げは上げのため」である。一度生じた「潮目」はやがて必ずや急展開し、逆走し始める。したがって、米ドル高の次に来るのは、強烈な米ドル安、いや、暴落であるはずなのだ。

この関連で最近、大変気になったのが米国の主要自動車会社3社(いわゆる"ビッグ3")への米政府による総額250億ドルもの低利融資の実施という決定である(9月27日付共同通信参照)。日本人にも馴染みの深い「不良債権の公的買取」という流れの陰に隠れてしまった感が否めないが、私としてはこちらの動きの方がむしろ非常にインパクトが大きいとも言えるのではないかと考えている。

なぜなら、かつて1990年代半ば頃まで激しく争われてきた「日米貿易戦争」の歴史を紐解く限り、そこで最も激しく争われたのが日本製自動車の"ダンピング"(=「不当に安い価格」で売りさばくこと)であり、その議論を引っ張っていたのが他ならぬ米国のビッグ3だったからである。ここに来て円安展開が数年間続いたため、日本車の米国マーケットでの売れ行きが好調であり、このコラムの読者である日本の個人投資家の方々も、そんな「ONLY YESTERDAY(=つい先日のこと)」を忘れてしまわれているかもしれない。

しかし、実は昨年の春頃より、米国のとりわけ連邦議会の周辺で盛んにロビイングをかけていたのが、このビッグ3なのである。そこでの表向きの標的は「中国」。人民元の切り上げによって、ドル安とし、それによってビッグ3が中国マーケットで自らの自動車を売りさばく環境を整えろというのである。だが、それ以上にターゲットとされていたものの、あえて口に出されていなかったのが「日本」なのである。

90年代に激しく争われた日米自動車交渉の歴史をもはや忘れた日本人たちにとっては、あまりピンとこないかもしれない。その頃、並行して生じた米ドルの対円レートでの下落、すなわち「ドル安・円高」はあたかも"大国アメリカ"が崩壊し、対する"日出づる国・日本"が台頭し始めたかのように語られたのである。1995年4月に生じたメキシコ通貨危機を淵源とする米ドルの暴落は円高となって日本経済を直撃した。そのため、武村正義蔵相(当時)はただちにワシントンへ直行、ルービン財務長官(当時)に「何とかしてくれ」と直訴した。すると、ルービン財務長官はあしらったのである。

「米国は巨額の対日貿易赤字を抱えてきた以上、対日輸出が増える円高・ドル安は大歓迎だ。何も問題はない。」

その頃、米国はクリントン政権の時代。ビッグ3の労組がその権力基盤の一つだったのであり、対日自動車輸出を増大させる「米ドルの急落」は正に期待していた展開だったことであろう。そしてその後、米国はドル急落の当初語られていたような"覇権の終焉"を迎えるどころか、かえって力を増し、現在に至っているのである。

「日本ベタ褒め」という狡猾な仕掛けを歴史の中から読み解く

こうした論点も含め、今後、激動が想定される"マーケットとそれを取り巻く国内外情勢"と、その背景にありながら私たち=日本の個人投資家が知ることのなかった歴史上の"真実"について、私は、10月18日・19日の"東京""横浜"、そして11月8日・9日の"東京""仙台"でそれぞれ開催するIISIAスタート・セミナー(完全無料)で詳しくお話できればと考えている。ご関心のある向きは是非ともお集まりいただければ幸いである。

ちなみに当時の対米経済交渉担当者であり、現在、日本国外務省の事務次官をつとめている藪中三十二氏(かつての私の上司でもある)による著作「対米経済交渉」(サイマル出版会(絶版))には次のような一説がある。

「構造協議は「日本の構造問題だけ」を取りあげたような印象を与えていたが、結果的には、90年代の日本経済関係において日米両国の立場を「日本の防戦一方」から少なくとも「フィフティ・フィフティ」にしたことは間違いなく、むしろこれからはアメリカが、「防戦」に回らざるを得ないケースが増えるのではないかとさえ思われる。」

ようやく米国と"対等"になったという日本人外交官の述懐は、「米国による覇権の終焉とジャパン・アズ・ナンバーワン」がけたたましく叫ばれていた1990年前半の風潮をよく表している。しかし、このように有頂天になった日本人が、その後結局、無残にも奪われ、吸い尽くされたということは、昨今の金融マーケットの下落によって最大の被害を受けた私たち=日本の個人投資家であれば誰しもが痛感していることなのだ。

「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として。二度目は喜劇として」―――"喜劇"で笑うのが私たち=日本人であるのか、それとも彼ら=海の向こうであるのか。日本人の真の実力が問われている。


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著者:原田 武夫(はらだ たけお)

原田 武夫

1971年生まれ(36歳)。東京大学法学部中退後、外務省にキャリア外交官として入省。12年間奉職し、アジア大洋州局北東アジア課課長補佐(北朝鮮班長)を最後に自主退職。その後、個人投資家の情報リテラシー向上を目的とした日本初の"private intelligence agency"「原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)」を立ち上げる(2007年4月に株式会社として設立登記)。現在、同社代表取締役をつとめる一方で、これまで合計16冊の著作を日本とドイツで刊行する。また、社会人や大学生を対象に無償の『情報リテラシー』セミナーを開講し、好評を博す。


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