デフォルトはあるか? 2008.11.25
新井信介さんからの配信です。
今後の政治・経済動向から、目が離せません。
国際情勢からもです。一触即発の状況です。遠い国で起こったことが、直ぐに我々の生活に響く事態が迫っています。
2009年1月17日(土)、日田で新井信介さんの新春国際時事講演会を開きます。財政破綻した場合を想定するのに参考になるHPを見つけましたのでリンクしておきます。
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2008年11月25日
デフォルトなど最悪の事態まで想定も必要か。
こんにちは。
全然違う、二つのルートから、来年の経済混乱の知らせが来ました。なんでも、日銀が今、ドルや円を、大量に刷りだしたと言うのです。で、いろいろ考えて見ます。
100年に一度の危機です。
本来なら、ブロック経済になって、「戦争」状態になって当然なくらい、金融の破綻が酷いのです。
今回の金融危機に対し、アメリカはいろいろと策を打っているようですが、こうしたものが、一向に功を奏さないと成ると、どうするか、考えてみました。
特に、世界中から借りまくっているマネーが返せない、となったときです。
そのときは、アメリカ政府は、米国債をデフォルトするのではないか、と。
米国債に関しては、今は、何とか、金利を払い続けている状態ですが、デフォルトになると、金利はおろか、元本も払わない、という宣言です。
そのとき、日本経済と日本社会は、どうなるのでしょう。
これは、アメリカにとって、人類の歴史にあって、汚名を残す大変な大失態ですが、自国経済、そして国民の生活をまもるためならば、「やむおえない」となれば、それをするしかありません。
その世界の悪役には、アメリカ初の黒人大統領は、うってつけ なのでしょうか?
大統領の就任式は、確か、来年の1月20日。
まさか、そのときに、突然、デフォルトを宣言することは、ないと信じたいのですが。
一方、ヨーロッパはどうでしょうか?
1999年に誕生し、2001年からキャッシュが流通し出したユーロですが、こっちは、加盟国に対し、外貨準備、財政規律、赤字国債の度合いなど、参加にあたっては、厳しい基準がありましたが、それらが満たせなくなって、どんどん脱落国がふえていったとき、ユーロは通貨としての体を、なさなくなります。通貨そのものが消失します。
考えてみれば、2001年の8月に、既に、世界の基軸通貨ドルの発行国のアメリカは、 デフォルトの危機にあったのです。
ニクソンショックの1972年以来の、30年もの国債が満期になっており、その元本返済が求められる一方、、金融安定法の下で、これ以上の債券発行は、もはや出来ない、となったときに、 あの「911」がおきました。
そして、そのときに満期になっていた米国債は、新規発行分へとロールオーバーされました。
あのとき、元本が戻ってくることを当てにしていた、日本の金融機関、特に生保は、当てがはずれて、大きな損失を出しました。
ただ、そのときは、まだ、その米国債に対しては、金利は払わされていました。それが今回、もし、デフォルトになれば、その元本までが、吹っ飛ぶのです。
金融機関に、資金がなくなりますので、いろいろな事業がストップします。
そのときは、債権国側では、国家的な非常事態を宣言し、電気・水道・食料などを配給制にする、といったことも起きるかもしれません。そうしないと、暴動と餓死者が、各地で頻発することになります。
米国債に関しては、今、中国が、世界最大の外貨保有国で、しかも、アメリカに対し、最大の債権国ですが、日本と違うのは戦勝国で、アメリカの属国ではありません。アメリカに対し、最悪の事態の場合は、核ミサイルを打ち込むことが出来る国です。
もし、デフォルトを、国別に指定してすることになるとしたら、アメリカにとって、「同盟国」の日本が、一番、その標的にしやすい状況にあります。
しかし、現実問題、実際に、デフォルトをやるにしても、極めて、テクニカルに、発行年月や、民間か政府かなどを仕分けし、調節しながらやるのではないか。
日本政府は、 麻生首相が、IMFに10兆円の拠出を決めたが、そんなことよりも、今は、 アメリカのデフォルトに備えて、
日銀が、保険をかけて、アメリカ連銀に替わって、デフォルトの宣言時にも、日本の金融機関に対し、ドル建ての利払いだけは、続ける措置をすべきではないのか?
日銀がドルを刷るとは、このことを言っているのか?
最低、そうした措置がないと、日本経済は完全に金融が回らない状況で、それは、戦時経済・配給経済になります。
また、そうした措置をとったにしても、 ドルは急激に売られますので、1ドル80円を大きく下がり、 60円以下にまで、なるかもしれません。
これでは、輸出は、もうだめ。
輸入に関しては、関税も意味もないほどに成ります。
しかし、これは、日本にとって、海外進出のチャンスにもなります。
今、冷静に考えて、これまでの加工貿易立国が、もうもたないという現実がはっきりしてきました。
今後は、静かに、高度に管理された田園生活に戻るしかない、となります。
モノ作りは、研究開発を除いて、消費地で、組み立てることになるでしょう。
問題は、こうした事態が、いつ来るかです。
案外早いのではないか。 もしかしたら、来年の3月までにくるのか。
私は、半年前、オリンピックの聖火リレーが騒がれたとき、ここまで、一気に、アメリカ経済の崩壊が進むとは考えていませんでした。
6月になって、大変なことになるとわかりましたが、その時点でも、まだ、アメリカのデフォルトは、視野に入れていませんでした。
で、今、11月の終り。
<今の世界は、 「第三次世界大戦」の中にいる>
と考えてもいいのではないでしょうか。
もちろん、戦争の相手も、形式も、性格も、全部異なっていますが、これは、これまでの人間社会の「体系が崩れていく」という意味で、すでに、戦争なのです。
そんなとき、 未来を、過去を基準にして固定的にしておくと、全く、身動きが取れなくなります。
その場その場で、 しっかりと、現実を見つめて、判断をしないと。
私は、今、中国映画の『芙蓉鎮』の中の台詞を思い出します。
文化大革命の最中、全く、希望がみえなくなったときに言われたものです。
「生きろ。 ブタになってでも生きろ。」
もちろん、私は、人間ですので、浅ましくはいきませんが、生き抜く意志だけは、 強く、持ち続けます。
そして、備えておきたいと考えます。
まさに、「国破れて、 山河あり」 です。