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一体どのくらい、日本から小判流失 2009.6.13

2009_04_28 047mk.JPG 新井信介さんが言っていた、江戸時代の日本からの小判流失にからむブログに行き当たりました。「定五郎のページ」です。当時、小判の貨幣価値は、日本3に対して外国は1でした。銀は、同比率で小判一枚に銀4枚、ところが小判一枚を日本から持ち出すと金が3枚手に入り、金3枚を銀に換算すると12枚、それを元に日本で小判を手に入れると3枚になる。幕末は、もっと酷い仕打ちを、されていたようです。しかし、新井説によると、この為替ルートの違いを幕府は承知していて、その上前をはねていたとも。その上前が、日田金のなかに入っていたのでは?

 日田市でお金に係わるのは、日田生まれの幕末の勘定奉行・川路聖護、日田県初代県知事・松方正義(日本銀行創設者)、大蔵大臣井上準之助で、あとの二人は、ともに「金解禁」を行っています。

 松方正義の孫=ハル・ライシャワー婦人

 初代の大蔵大臣・松方正義

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