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阪神淡路大震災  2010.01.17

2010.01.15 089mk.JPG 今晩は、夜更かしです。偶然入れた(新聞のテレビ欄を見る習慣がありません。)テレビチャネル(TOS)が、阪神淡路大震災時の「神戸新聞社の七日間」物語を流しています。地震直前の異常な神戸の空の写真。映像から新聞社魂が、そして震災時の悲惨さが伝わってきます。新聞社の仕事に掛ける記者魂。一日たりとも新聞発行を停止しない、緊急時にあっても京都新聞社と協力して新聞を発行し、情報を被災地被災者に伝える。最近の新聞社に、この新聞社魂記者魂が残っているのでしょうか。事件と向かい合う記者が減ってきました。骨のある記者が、・・・・・・。母を捜している子供の姿。声を掛けると焼けた母親の骨を洗面器の中に収めているこども。その姿を、すみませんと謝りながら撮影する記者の姿。涙、涙・・・・・・。悲惨な状況を取材する記者、恋人の死との・・・・・・。人間の心との葛藤。・・・・・涙、涙、涙です。

 阪神淡路大震災が起こった時、私は山梨県甲府市の山中にいました。安田火災海上保険会社の保険大学に参加した初日の夜、寝付かれぬ夜、枕が替わったせいかと思っていました。何度も目が覚めました。そして、朝方強い揺れに目が覚めました。地震です。大きな揺れです。すぐにテレビをつけました。地震速報が刻々と流れ出しましたが、平穏な夜景が流れています。しかし、それもつかの間でした。朝が明け出した頃、各所で煙が、・・・・・・・。そして、大学の授業に休憩時間に流れるテレビニュースに、地震の大きさ、悲惨さ、深刻さを知らさせれます。授業を受ける仲間には、震源地の神戸、大阪、京都からも参加している人もいますが、まったく電話が通じずにどうしようもない有様でした。私も神戸の親族に連絡が取れたのは、四日後の保険大学の終了時でした。

 私の知人に、震災時の神戸で働いていた看護師の妹と連絡ガ取れず、その妹を探しに母親と被災地に向かった姉がいます。その姉は、徒歩で被災地に向かい、多くは語りませんが、その被災地の悲惨さに感ずるものがあったのでしょう。その後、姉は教職を離れて民間の仕事につきました。幸い妹さんは無事で、被災者の救助に懸命だったそうです。

 先日も、ハイチで大地震です。最貧国だけに被害の拡大が心配されます。中国での四川省地震、インドネシアでの大地震、大津波、国内でも・・・・・。なんだか大きな地震が続いてるような気がしますが。

 自衛隊復興支援

 

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