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石松雅彰副市長の辞表を受理 2010.3.11

2010.03.10 066mk.JPG  11日、日田市の副市長を務めている石松雅彰氏が、市長に辞表を提出しており、本日受理されたことが判明しました。石松雅彰副市長は、平成19年7月の市長選挙で現職の大石昭忠市長を破った、佐藤陽一市長(元県職)に乞われて副市長に就任しました。前職は、日田市役所職員で福祉部長などを務めていた温厚な人物で、市町村合併では、事務局長として各町村の思惑を調整し難局を乗り越え、旧町村を日田市への編入合併に導き、その手腕を発揮しました。そこを見込んでの起用だったのでしょうが、佐藤市長は、石松副市長の手腕を発揮させないままに、このような結末を迎えました。この2年と6ヶ月の市政運営をつぶさに見ていた私にとっては、十分に予想されていたことですし、これに気づいていた一部の人もいて、ひょっとしてとの憶測が交わされていました。以前、議場で副市長の姿が午後から見えなくなった時に、「辞任か?」との観測が流れたことがありました。確か、新型インフルエンザの時だったと思います。宝の持ち腐れ、実にもったいない、残念な話です。

  そのような石松副市長に、あえて9日の本会議場で渦中の「認定こども園」の問題についての所感及び、元福祉部長として、また市長の女房役として、この「認定こども園」の政策形成に係わっているのか、尋ねたところでした。少し酷な質問でしたが、日田市の実態を市民に知ってもらうには必要なことでもあるし、それこそひょっとして最後の議場での遣り取りになるかもしれないとの気持ちもありました。そして、市長の補佐役、副市長として2度の答弁を頂けました。3度目の質問はできませんでした。

 特別職である副市長が辞任する場合、20日前までに届ける必要があります。とすれば、3月一杯で辞任するとして辞表を提出する期限は、逆算すると10日頃までにとなります。今までに、何度か辞表を提出と言う場面があったようです。

 今回の辞任劇の裏にあるものは、容易に推察ができます。明日、記者会見が予定されているようですが、果たして市長、副市長が並んでの記者会見となるか、注目を集めるところです。

 そして、明日は市長の本会議場での発言を巡り、某団体が記者会見を予定しています。先日の春の雪交じりの嵐に続き、議会でも嵐が吹いています。

 石松雅彰副市長の辞任に関する記事は、たぶん明日(12日)か明後日(13日)の西日本新聞や大分合同新聞・毎日新聞などの新聞各社の朝刊に掲載されることでしょう。今日の夕方から23時過ぎまで、この事を知った人達から、ひっきりなしに電話がかかってきました。当然、各新聞社も情報を入手していることでしょう。

 今日は、早朝から深夜までいろんなことが次から次にと起こった日でした。市議会教育福祉委員会の分割審議も終了したのが18時半ぐらいになっていました。23時ごろに帰宅すると、我が家に14年間住み着いて、うちの子供たちと一緒に育った、家族同様の雌猫の「チー」が入院先の病院から戻って安心したのか、それとも自宅に戻ってからと思っていたのか、妻と次男に看取られながら息を引き取っていました。我が家の母親が仕事に出ていた時、鍵っ子の我が子にとって母親代わりをしてくれた利巧な、人間の気持ちが分かる猫でした。未明の「足寄から」の感動の涙に始まり、「チー」の死に悲しみの涙で一日を終えようとしています。本当に長い長い、いろんな事があった一日でした。既に、起床してから24時間を迎え、新聞配達が朝刊を持ってくる時間です。今晩も徹夜状態になってしまいました。また、明日もいろんな事があることでしょう。

 

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