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世界最高峰の鏡が日田から出土 2011.02.11

新井信介さんのブログで日田出土の金銀錯嵌珠龍文鉄鏡について触れています。新井さんは、中国の皇帝が卑弥呼に下賜したものとしています。日田で制作されたものと言う人もいますが?参考までに転載します。(この画像は製作者の許可を得て転載しています。無断転載を禁止します。)2009.6.26

金銀錯嵌珠龍文鉄鏡のデジタル復元

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卑弥呼時代の世界最高峰の鏡が、日田から出ている。

大分県日田市は、筑後川の水源の町です。
九州最大の稲作地域、筑紫平野に豊富な水を供給し続けます。
佐賀吉野ヶ里の水も、ここから供給されます。

 ここが、倭国の始まりの地です。

すでに本欄で指摘していますが、この日田の地から、卑弥呼の時代の、とんでもない鏡が出土しています。
それも、魏志倭人伝が伝えるような、単なる銅鏡ではありません。

2010.06.30 206mk.JPG金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(きんぎんさくがんしゅりゅうもんてっきょう)と呼ばれる、豪華な装飾が施された、鉄の鏡で、中華皇帝から直々に下賜されたものです。

この現物の復元コピーと、製造当時の全体図CGが出来上ったと、日田市議の川崎さんから、連絡をいただきました。

http://www.youtube.com/watch?v=OOT4kyggvfw

年代的には、この鉄鏡の製造時期から、少し後くらいに、奈良では、弥生の唐古鍵遺跡のすぐ近くに、箸墓古墳が建造されています。 

なぜ、これほど見事な鏡、それも、絶対に複製できない鉄の鏡が、どこかの神社にも全く伝世されず、日田で惨たらしく、放置され、埋もれたままになっていたのでしょうか?

 

2010.06.30 210mk.JPGそして、奈良との関係は、どうなっているのでしょうか?
そこにきっと、日本史の《国譲り》の真実が、隠されています。
その本当の理由を、日田の名家・広瀬家の人間は知っていたはずです。

この鏡は、間違いなく、倭国が中華皇帝から冊封された、その印そのものです。
その冊封から如何に脱却するか、それが、古代日本の最大のテーマでした。

持統が、伊勢神宮を作ったときには、倭国自体が冊封されていた事実を消して、皇祖神アマテラスは、太古からこの島国にいたと、政治的に強弁したのです。

伊勢神宮にあるとされる、三種の神器の一つの《ヤタの鏡》。
歴史研究家の多くは、本人が見たこともないのに、ヘブライ文字が書かれている、とまことしやかにいいますが、そうであれば、それは、持統時代に、作られたものでしょう。
また、天武に祟ったという《草薙の剣》も、同様でしょう。
ともに、記紀神話と同時に、政治的に、創作されたものでしょう。

これと同じような話が、長野善光寺のご本尊です。
いまでも、絶対秘仏といわれ続けますが、そんなものは ありません。
ないから、見せられない。これだけです。
御開帳で見せていたのは、平安時代終わりにできた前立観音像。
冷静に考えれば、子供だましにすぎません。
しかし、国家権力が強弁すれば、民衆は従いますし、その民衆の純粋な、祈りと信仰のこころが、その像に魂を入れます。

その純粋な、祈りと信仰をもたらすもの、それこそは、日本独自の、縄文の精神性を湛える、勾玉(の共振機能) と考えます。

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