« マスコミが原因で風評被害1  2011.03.11 | メイン | マスコミが原因で風評被害3 2011.03.11.  »

マスコミが原因で風評被害2 2011.03.11.

友人からのメールを紹介します。真相は、どこにあるのでしょうか?

・・・・・・・・・・

岩澤美術館構想」の新聞記事や議会質疑に、意義あり真実はこれだ!

真実っぽい話には、落とし穴がある。「岩澤美術館構想」の噂の検証です。

西日本新聞で岩澤美術館構想を、やたらにガンガン書いているのは、ご承知とおもいます。

また、日田市議会でも、この件の質問がなされました。

質問内容は、おそらく新聞記事の引用です。その記事の信頼性も確認しないで、質問する

市議会議員達をKCVテレビで見ました。 質問は、新聞記事とまったく同じ、川崎議員が多少

ちがった内容だったが、あとの議員は、新聞記事を引用にしての、カッコつけた質問。

役所の答弁も、チグハグ。なぜなら「公的美術館構想」の十数年来の流れを知らないからである。

あげくの果てには『クンチョウ酒造救済」と決めつけた質問とその答弁に終止している。

翌日の西日本新聞の記事は、議会での質問と答弁を人ごとのように掲載している。

この議会の質問の発端は、記者本人が、書いた記事、その割には客観的な表現である。

では、この記事がなんでおかしいのか。 

とても正しく正義感ある記事に見える。しかも、正義感の記事や発言は、すんなりと人の理解を得て、賛同されやすい、そう言うものだ。

しかし、そこに真実の落とし穴がある。「結果の裏には」には、必ず時の流れが存在する。 

最初に「カチ~~ン」と、きたのが、3月4日版の前の記事。手元に無いが、その文言は

【要約】このまま、無策のまま、市が美術館を建設したら 哲平美術館の二の舞だ!

なんだ、宇治山哲平美術館の事を、なにも調べなかったのか、簡単に「二の舞」と云われたくないのだ。 

宇治山哲平美術館は、元々 前石松市長の時に、日田にも公的美術館を建設しようと持ち上がった話だ。

(元)石松安次市長も提案を受けて、他の美術館を視察した。結論として、視察した美術館は、全て赤字経営だったので、「市立美術館、や~~めた。」となったのだ。

その時のメンバーは、それなら市民美術館を造ろうと運動を始め、『ひたプロジェクトXが始まった。募金活動やイベントなど行いながら建設資金や宇治山哲平の絵画も集めた。寄贈もきた。

私も「永六輔投げ銭講演会in高瀬」の投げ銭の20万?円位寄付した(永さんがギャラを辞退したので)

その後、美術館開館後に何回もコンサートや講演会を開いた。その収益を寄付した。(余談だが)

そんなやこんなで、市からの補助金は一切もらっていないのだ。市民が建てた日本初の美術館であり、入場料だけでは運営費が不足した。その為、募金やイベントや友情支援展、物販などで運営を維持した。

館長の伊藤さんは、無給で頑張りました。金の無いのは元より承知。ガンバリました。

その後、伊藤さんは体調不良などで、館長をやめて後任に任せました。その後、10年程経たった頃に、伊藤さんの夢枕に哲平さんが現れ、『おい、もういいぞ』と云われた。それではと閉館を決め、館所有の哲平さんの作品と美術館を市に貰ってくれと打診するが、「いらん」 「貰っても、管理するところも維持費も無い」との返事。

唖然とした。そして、賛同した日田の市民美術館の蔵の貴重な文化遺産は、大分県立藝館に貰われていったのです。

日田の協力してくれた市民の方々には恩を感じるが、日田市民の税金は一切使ってないのだ。

『いまでも、誇りを持っている』と、元・伊藤館長は、私にツバ気を飛ばしながら語った。

さて、その「二の舞」とは、何でしょう。具体的に答えて下さい。

記者殿に問う。「宇治山哲平美術館」は、どんな過ちをしたのですか?

 

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: マスコミが原因で風評被害2 2011.03.11.

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.k-kawasaki.info/mt/mt-tb.cgi/2289

2012年2月

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29      
My Yahoo!に追加

アーカイブ