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減税日本躍進、過半数には達せず 2011.3.16.

 東北関東大震災と福島原発の放射能汚染の影響でマスコミ報道がほとんどありませんが、新しい政治のうねりが起こっています。減税日本が従来の既成概念を打ち破っています。日田市でもこのようなうねりを発生させることができないものでしょうか?議員、公務員の質の向上、高い給与への批判、市民への説明不足、市長の独断専行で進められる認定こども園問題、国民健康保険税の大増税、酒蔵美術館構想、町づくり会社設立による屋形船(遊船)経営など市民の市政に対する不満は、極まっています。

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【名古屋市議選】

減税日本34%、民主は半減の18% 得票数・率

2011年3月16日 中日新聞

 13日投開票された名古屋市議選で、28議席を獲得して第一党となった減税日本は、全市で26万6327票を獲得し、得票率では34・5%だった。

 減税日本は、1~2人擁立の区では中区を除き全議席を確保したものの、3~4人を立てた区では票が特定候補に偏るなどして2人までしか取れなかった。3人を擁立した港区では減税票約1万4700票のうち半分以上が1人に集中し、2人が落選した。

 前回、25万6000余票(37・4%)で最大の28議席を獲得した民主は、今回は14万596票に激減。複数擁立したうち西、南、天白の3区で共倒れの結果となった。

 自民が得票率20・7%で19議席確保したのに対し、民主は18・2%で11議席。公明が民主を下回る得票率14%で12議席を取ったことをみても、逆風にあえぐ民主が候補を絞り込めなかったことが傷口をより大きくしたといえる。

 共産は、2月6日の市長選での推薦候補の得票数を1万6500票上積みし、議席減を3議席にとどめた。初参戦のみんなの党は得票率は2・5%に沈んだ。

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【名古屋市議選】

市長にフリーハンド与えず 選挙戦記者座談会

2011年3月15日 中日新聞

 議会解散請求(リコール)成立による名古屋市議選は、河村たかし市長率いる減税日本が第1党に駆け上り、最大勢力だった民主が自民、公明の議席数を下回る惨敗に終わった。初めての解散を経て新しい議会が生まれるまでの選挙戦を担当記者が振り返った。

 池田千晶 減税日本は驚異の大躍進を遂げたが、過半数には届かなかった。結果をみれば、有権者は「市長の思い通りの議会」に待ったをかけた形となった。

 宮本隆彦 多くの有権者にとってリコールは、特権にあぐらをかいた議員へのちょっとした懲らしめであり、市長にフリーハンドを与える気はなかったと思う。

 北島忠輔 減税日本は「数の論理」で押し通すことはできないが、自民、公明、民主のどの党と組んでも過半数という水準には達した。議論と説得で議員提案を実現する土壌ができたという点に注目して、議会の姿が変わっていくのか見極めたい。

 池田 全国注視の選挙戦となったが、最終盤で東日本大震災が発生し、有権者の関心が一気にそがれた。投票率も思ったほど伸びなかった。公務時間中の選挙応援には制約があり、河村市長の姿があまり見えなかったという声も聞いた。当初狙っていた市長選と市議選が同時に行われていたら、投票率が上がって減税日本がもっと勝っていたかも。

 北島 自民と公明、共産は後援会や支持組織を徹底的に固めることに力を注ぎ、それが奏功した。民主は、政権への批判を正面から受け、追い風に乗って重ねた前回の票を「減税旋風」に吹き飛ばされた。敗因は選挙戦というより普段の活動で支持をつなぎ留められなかった点にある。

 宮本 地震発生後は、各陣営は有権者の反発を恐れ、様子を探り合って自粛へとなだれ込んだ。「議員はけしからん」とのムードをあおることで成功したリコールの大団円が候補者同士の「空気の読み合い」でしぼんだのは皮肉だった。

 池田 河村市長がいう「議員の総入れ替え」とはいかなかったが、75人のうちほぼ半分が入れ替わった。

 宮本 減税日本は、3大公約以外は党議拘束をしないというが、拘束をかけるまでもなく市長の意向に従うような人ばかりでは、と勘繰ってしまう。違うことを活動で証明してほしい。

 北島 重鎮は順当に勝ち残ってきた。親から地盤を受け継いだ2人を含む新人35人という多様性に富んだ構成になった。これまでとは違った雰囲気になるのではないか。

 池田 河村市長の就任以来続いてきた議会との対立は今後どうなるのだろう。

 宮本 減税など市長の3大公約にけりをつけないと、市政は前へ進めない。市長と議会がともに選挙を経て出直したのだから、真っさらな気持ちに戻り、話し合いで妥協点を見つけてほしい。

 北島 減税日本は政策や支持層が近い公明と連携を模索するとみられるが、公明内には「政策の連携はあっても、組んで議長を出すという選択にはならない」との声が聞かれる。第2会派の自民は、公明、民主と組んで議長を出し、主導権を握ろうという動きも見せている。報酬半減実現後は「反河村」で固まるとの見方もあり、市長に厳しい展開になると思う。当初予算案を議会が修正するかどうかが焦点になるだろう。

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【名古屋市議選】

素人旋風、躍る「減税」 地域政党に勢い

2011年3月14日 中日新聞

◆当選陣営、祝勝は自粛

「一刻も早く大震災の手助けをしたい」と、こわばった表情で話す山田真奈さん=13日夜、名古屋市西区の事務所で

 13日投開票された名古屋市議選は、河村たかし市長が代表を務める「減税日本」が第1党に大躍進し、多彩な経歴の新人たちが次々と生まれた。民主党は既成政党への失望、不信を背景に議長経験者4人が落選するなど信任を得られず、最大勢力から第4党に転げ落ちた。地域政党の勢いや減税の輪は、4月の統一地方選でさらに広がる可能性も。東日本大震災を受け、各陣営はバンザイなど祝勝ムードを自粛した。

 「皆さんの支えで当選できた。ありがとうございます」

 自宅兼事務所で当選確実の報を受けた西区の減税日本の新人山田真奈さん(25)は笑顔を見せないまま、深々と頭を下げた。

 最年少で初当選を飾ったが、東日本大震災の被害状況が刻々と判明する状況下で、集まった家族や支援者は拍手やバンザイを自粛。山田さんも「議会開会前にボランティアとして被災地に入りたい」と神妙な表情で語った。

 東大大学院で公共政策を学ぶ現役の学生で、出馬を決めたのは告示のわずか1カ月前。スニーカーにジーパン姿で街を駆け回り「自分たちのことは自分たちで決める行政の実現を」と訴え続けた。

 「社会が変わってほしいという期待で票を入れてもらった。1票の重さを感じる。期待に応えられるよう努力する」と前を見据えた。

 東区の減税日本新人近藤徳久さん(48)は、当選確実になった午後10時前、河村市長とともに30人の支持者が待つ事務所へ姿を見せた。

 「皆さんの温かい気持ちで当選できた。震災の支援策も考えて、全力で前に進んでいきたい」と声を詰まらせた。

 傍らの河村市長も控えめな笑顔で「庶民の政治をやってちょうよ」と近藤さんの肩をたたいた。

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【名古屋市議選】

河村市長「無から有生じた」 「市民の期待」成果アピール

2011年3月14日 中日新聞

名古屋市議選で減税日本が第1党の躍進となり、当選者を張り出す河村たかし市長。右は大村愛知県知事=13日午後11時5分、名古屋市東区で

 「無から有を生じたわけで名古屋の皆さんに感謝しています」。第1党となる減税日本の議席獲得に河村市長は控えめな笑みを会見で浮かべた。

 目標の過半数には届かなかったが「中選挙区制で過半数を取るのは難しい。リコール運動から第1党になったということは市民の熱い期待がある」とあくまで成果を強調した。

 対立してきた既成政党が過半数を維持したことに「市長選でもトリプルスコア、市議選でもゼロから第1党。それを第2党から第4党が一緒になって、数が多いからと否決できるのか」とけん制。市民税減税や議員報酬半減への意気込みを示し「まずは実現してから、批判してほしい。それが民主主義だ」と力説した。

 会見場となった東区の事務所の壁には、当選者の名前が貼られたボード。河村市長は、「供託金も自腹ですからね。議員が家業化された時代から、庶民が出られる姿へ大きな道を開いてくれた」と、うれしそうに一つ一つを見つめていた。

 

 

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