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今夏の日田市長選挙を予期した新聞記事 2011.7.16.

 以下にある記事は、昨年の3月13日のブログです。毎日新聞が、石松副市長の辞任劇の真相を突いています。11日に石松副市長は辞表を提出し、12日に佐藤陽一市長と共同記者会見しますが、その12日の毎日新聞には、記者会見に先立ち「政治的な考えや、行政執行手法の差がありすぎ」とし、「来年夏の市長選挙を控え、佐藤市長が再選を目指す場合は、何らかの影響をもたらしそう」としています。

 今夏の市長選挙で、石松副市長は、現職候補を破った新人原田啓介候補の責任者となり、昨年の新聞記事の予測通り、選挙戦で大きな影響力を果たしました。

 12日の新聞記事では、佐藤市長は毎日新聞に対して文書で抗議するとのコメントを出していましたが、果たしていません。

 

・・・・・2010.3.13ノブログから・・・・・

今朝は、自宅に配達される新聞以外に4紙を購入しました。すると丁度500円となります。日田市副市長問題、各紙での報道を検証してみると、立ち位置が少し違っているように見えます。一つの新聞だけでは、偏った記事になっている場合もあり、記事の内容を参考にするには、各紙に目を通し、別の情報源も必要となってきます。やはり、情報収集にはお金が掛かります。副市長の職務・・・http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%AF%E5%B8%82%E7%94%BA%E6%9D%91%E9%95%B7#.E8.81.B7.E5.8B.99

 

まずは、毎日新聞の12日・13日の記事

12日の記事は、市長・副市長の共同記者会見前の記事です。

 

日田市 石松副市長が退職願 任期途中 認識の差、埋まらず

 日田市の石松雅彰副市長(60)が今月までの退職願を佐藤陽一市長に提出したことが11日、分かった。任期を1年半残しての異例の退職理由について副市長は「一身上の都合」としか語らないが、関係者への取材では「政治的な考えや、行政執行手法の差がありすぎ」など認識の差が背景にあった模様。来年夏の市長選挙を控え、佐藤市長が再選を目指す場合は何らかの影響をもたらしそう。

 石松氏は73年、市役所入り。企画開発、商工観光課などを経て、02年に日田市郡合併協の事務局長。難航する協議を裏から支え、合併後の05年4月、福祉保健部長になった。

 07年7月末の市長選挙で、「日田市を変えよう、新しい風で」と訴えた県庁出身の佐藤氏が、4選を目指した現職を破り初当選。政策強化やトップマネジメント体制確立を目指す佐藤氏は初代副市長の選任に当たり、合併協議でみせた行政手腕をや実務型で庁内に信望のある石松氏に白羽の矢を立てた。

 副市長の職務は06年の地方自治法改正で、従来の「助役」と違い「長の命令を受けて政策や企画をつかさどる」「長の権限に属する事務の一部について、長の委任を受け、その事務を執行する」と権限が強化された。

 だが、すべてを掌握する姿勢を崩さないまま県庁流の佐藤氏と、「副市長」としての職務の物足りなさを感じる市役所生え抜きの石松氏の認識の差は埋まらず最後まで信頼関係を築けなかったようだ。 【楢原義則】

 

 

13日午後4時からの佐藤日田市長と石松副市長が並んで記者会見した後の記事

日田市:副市長会見「役割果たせず退職」 市長からはねぎらい /大分

 日田市の石松雅彰副市長が任期途中で退職願を提出した問題で、佐藤陽一市長は12日、石松副市長と同席の上で記者会見した。「1晩考えたが、辞意が固いため11日に受理した。初当選後の2年半、大きな混乱もなく過ごせたのは副市長がまとめていてくれたから」とねぎらった。

 今月31日付で退職する副市長は「昨年11月ごろから、自分の中で(副市長としての)本来の役割や立ち位置を十分に果たせていないと考えていた。わがままだが、同期の入庁者が定年を迎えるのを契機に退職を決意した」と述べ、任期途中での異例の退職理由は多くを語らなかった。

 一方、市長は退職願を報じた毎日新聞記事(12日付大分面)について「当事者である私への取材がなかった。(正副市長間に)対立構造があるかのような報道は心外」として大分支局に文書抗議する考えを示した。【楢原義則】

12日の毎日新聞の記事を受けて、日田市長は毎日新聞に文書抗議する考えを表明。

 

 

13日の共同記者会見を受けて新聞各社は、

まずは、西日本新聞・・・2010年3月13日朝刊

 日田市 石松副市長が退職へ「十分に役割をはたせず」

 日田市の石松雅彰副市長(60)は12日、佐藤陽一市長に退職願を提出し、受理されたことを明らかにした。任期は約1年半残っているが、今月31日に退職する見込み。記者会見で、「副市長の役割を十分に果たせていないという思いがあり、本来なら定年になるのに合わせて決意を固めた」と理由を説明した。

 石松副市長は1973年から市役所勤務。福祉行政歴が長く、日田市郡合併協議会準備委員会事務局長、福祉保健部長を務め、2007年9月に副市長に就任。同年7月に県職員を辞めて市長選に初当選した佐藤市長を支えた。

 石松副市長は10日に退職願を出し、11日に受理された。昨年11月ごろから退職を考えていたといい、今後は「旅行などに行って、少しゆっくりしたい」と話した。

 佐藤市長は「キヤノンの進出予定地に埋まっていたごみを速やかに取り除くなど、女房役として仕事をしてもらったが、決意が固く、やむを得ないと思った」と退職を認めた理由を語った。後任については「まだ何も考えていない」とした。

上記、西日本新聞です。

 

 

大分合同新聞では、

副市長が辞職 「役割を果たせず」

 日田市の石松雅彰副市長(60)12日、記者会見し、任期を約1年半残し3月31日で辞職することを明かした。10日に退職願を提出し、11日に受理された。

 石松副市長は任期途中での辞職理由について「副市長の立ち位置が整理できず、求められる役職を果たせなかった。市の同期の職員が3月末で退職するため、時期的に一つの区切りだと思った」と語った。

 同席した佐藤陽一市長は「就任時に市の事情が分からない中、女房役として仕事をしてもらって感謝している」と話した。後任については「空白の時間が長いのは困るが、まだ何も考えていない」とした。

 任期途中での辞職について、市役所内部や市議には「副市長の権限が少なかった」「行政運営で(市長と)考えの違いがあった」といった見方もある。

 石松副市長は1973年に市職員となった。2002年に日田市郡合併協議会準備委員会事務局長、05年に福祉保健部長に就任。佐藤市長が初当選した07年、副市長に起用された。

・・・・以上、合同新聞です。

 

各紙共に、少しづつニュアンスが違っているような気がしますが、皆さんはどう思われますか?

感想があれば、kun@fat.coara.or.jp までメールを下さい。

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