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栄光栄華を極めたソロモンでさえも 2011.7.31.

 朝の散歩で心待ちしていた、百合の花が咲きました。


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花言葉は、純潔、清純。でもそれは白い色だけ?http://homepage3.nifty.com/jinsanz/privatebox/hana/hanakotoba/hana-yuri.htm

でも、この百合は、鹿の子百合?百合のHPでよく似た百合を見つけました。http://www.hana300.com/yuri001.html

 

 聖書一節の「キリストの山上の垂訓」の一部には

  「野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。

  栄華をきわめた時のソロモンでさえ、

  この花の一つほどにも着飾っていなかった。」と。

  野の花とは、百合の花をさすとあります。

 栄華を窮めた「ソロモン王」でさえも、やがて神に背くことに。http://www.kingdomfellowship.com/Characters/Solomon.html

 

 聖書と植物・・・・http://dorosya.web.infoseek.co.jp/027/syokubutu.html

 

 「山上の垂訓」

 「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ。神の国はあなたがたのものである。
 あなたがたいま飢えている人たちは、さいわいだ。飽き足りるようになるからである。
 あなたがたいま泣いている人たちは、さいわいだ。笑うようになるからである。
 人々があなたがたを憎むとき、また人の子のためにあなたがたを排斥し、ののしり、汚名を着せるときは、あなたがたはさいわいだ。
 その日には喜びおどれ。見よ、天においてあなたがたの受ける報いは大きいのだから。彼らの祖先も、預言者たちに対して同じことをしたのである。
 しかしあなたがた富んでいる人たちは、わざわいだ。慰めを受けてしまっているからである。
 あなたがた今満腹している人たちは、わざわいだ。飢えるようになるからである。
 あなたがた今笑っている人たちは、わざわいだ。悲しみ泣くようになるからである。
 人が皆あなたがたをほめるときは、あなたがたはわざわいだ。彼らの祖先も、にせ預言者たちに対して同じことをしたのである。
 しかし、聞いているあなたがたに言う。敵を愛し、憎む者に親切にせよ。のろう者を祝福し、はずかしめる者のために祈れ。あなたの頬を打つ者にほかの頬をも向けてやり、あなたの上着を奪い取る者には下着を拒むな。あなたに求める者には与えてやり、あなたの持ち物を奪う者からは取り戻そうとするな。人々にもそのとおりにせよ。自分を愛してくれる者を愛したからとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、自分を愛してくれる者を愛している。自分によくしてくれる者によくしたとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でも、同じだけのものを返してもらおうとして、仲間に貸すのである。しかし、あなたがたは、敵を愛し、人によくしてやり、また何も当てにしないで貸してやれ。そうすれば受ける報いは大きく、あなたがたはいと高き者の子となるであろう。いと高き者は、恩を知らぬ者にも悪人にも、なさけ深いからである。あなたがたの父なる神が慈悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となれ。人をさばくな。そうすれば、自分も罪に定められることがないであろう。ゆるしてやれ。そうすれば、自分もゆるされるであろう。与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう。人々はおし入れ、ゆるり入れ、あふれ出るまでに量をよくして、あなたがたのふところに入れてくれるであろう。あなたがたの量るその量りで、自分にも量りかえされるであろうから。」

 「盲人は盲人の手引きができようか。ふたりとも穴に落ち込まないだろうか。弟子はその師以上のものではないが、修行をつめば、みなその師のようになろう。なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。自分の目にある梁を見ないでいて、どうして兄弟にむかって、兄弟よ、あなたの目にあるちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取り除けるがよい、そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるちりを取り除けることができるだろう。悪い実のなる良い木はないし、また良い実のなる悪い木もない。木はそれぞれ、その実でわかる。いばらからいちじくを取ることはないし、野ばらからぶどうを摘むこともない。善人は良い心の倉から良い物を取り出し、悪人は悪い倉から悪い物を取り出す。心からあふれ出ることを、口が語るものである。
 わたしを主よ、主よ、と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか。わたしのもとにきて、わたしの言葉を聞いて行う者が、何に似ているか、あなたがたに教えよう。それは、地を深く掘り、岩の上に土台をすえて家を建てる人に似ている。洪水が出て激流がその家に押し寄せてきても、それを揺り動かすことはできない。よく建ててあるからである。しかし聞いても行わない人は、土台なしで、土の上に家を建てた人に似ている。激流がその家に押し寄せてきたら、たちまち倒れてしまい、その被害は大きいのである。」

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