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金銀錯嵌珠龍文鉄鏡・金錯鉄帯鉤 2011.09.02.

3年前に新井信介さんからアドバイスがあり「東アジアの古代文化を考える会」に「スケさん」という名前で投稿しました。来年の3月で討論室を閉鎖するとのことで保存のためにコピーしました。

金銀錯嵌珠龍文鉄鏡について、ご意見や持論・新説等ありましたらご意見を聞かせて下さい。

メール:kun@fat.coara.or.jp

 

九州国立博物館・日田出土の鉄鏡・金銀錯嵌珠龍文鉄鏡は、卑弥呼の鏡 http://www.youtube.com/watch?v=_mFcPEUJsro&feature=related

日田出土の金銀錯嵌珠龍文鉄鏡のデジタル復元 http://www.youtube.com/watch?v=HscW9oNnaVk&feature=related

金銀錯嵌珠龍文鉄鏡デジタル復元 英語バージョン HD CG restoration work -The Ancient Mirror of Queen Himiko  http://www.youtube.com/watch?v=G47jqE5E8UI&NR=1

金銀錯嵌珠龍文鉄鏡のレプリカからの復元 http://www.youtube.com/watch?v=jZ22gH4IW-A&feature=related

 

討論室 - 東アジアの古代文化を考える会

※旧討論室(開始2006年8月~至2011年3月期まで)です。プロパイダーから投稿満了のご案内がありました。以後、投稿はできませんが閲覧はできます。但し、1年間経過後に消滅いたしますご注意ください。

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金銀錯嵌珠龍文鉄鏡・金錯鉄帯鉤

スケさん
  • 投稿日:2008/01/27 08:21


 初めて、スレッドなるものを立てます。よろしくお願いいたします。古代史に秘史に興味を持つ者です。
 画像は、大分県日田市から出土した金銀錯嵌珠龍文鉄鏡と出土したといわれる金錯鉄帯鉤です。一昨年の12月に、東京国立博物館から大宰府の九州国立博物館に移され、2007年1月1日から一ヶ月展示され、秋からは常設されています。この金銀錯嵌珠龍文鉄鏡を、最初に手にした人は、明治生まれの渡辺音吉さんで、今でもご健在です。
 この鉄鏡のことを考えると、古代史の真実が見えてくるのではないでしょうか。銅鏡でなく鉄鏡、それも精巧な造作で、「龍」に金銀を使い、赤や青や白の玉を使い、文字をあしらい、一体誰がこの鏡を手にしていたのか。
 そして、どうして日田に埋葬されていたのか。戦前の本には、「日田市は、どうしてか分からないが、埋蔵文化財の宝庫」と言われていました。
 日田市は、中世から「天領」地として栄えましたが、その起こりは、古代からあったのでは?
 後醍醐天皇は、この日田の地に、九州で唯一の勅願寺「岳林寺」を建立しています。どうしてなのか?
 皆さん、お知恵をお貸し下さい。
1.スケさん
  • 投稿日:2008/01/27 08:52



 金銀錯嵌珠龍文鉄鏡のレプリカ http://www.wsb.jp/k-kawasaki/2006/12/post_313.html を、日田市の古代大好き人間達が作製しています。今は、日田市豆田町の天領資料館に展示されています。実物に近づけるため、鉄の成分分析などの資料を、東京国立博物館に協力してもらい、鉄は新日鉄、金・銀・玉は勿論本物、作製は肥後象嵌師に依頼しました。

  • 2.当世奇妙
  • 投稿日:2008/01/27 11:29

>>1
スケさん ようこそ!
当会メンバーには日田の住人、九州の住人がいます。
鏡に知識あるメンバーも大勢います。
彼等がこの投稿にレスするように促しましょう。

  • 3.玉枕
  • 投稿日:2008/01/29 19:44

>>2
日田市在住でも鏡に知識があるものでもありませんが投稿されている"金銀象嵌珠龍紋鉄鏡"について質問させてください。
現在、九州国立博物館に重要文化財として展示されているとのことですが、どのような説明書きがなされていますか?「伝大分県日田市出土」でしょうか?「伝ダンワラ古墳出土」でしょうか?
大変貴重な遺物と思われますが、出土状況が不明なため、この遺物をもって歴史を語るに想像の域をでず、大変残念ですね。

  • 4.スケさん
  • 投稿日:2008/01/29 22:30



 九州国立博物館特集陳列(2007年1月1日~1月28日)の際の解説には、外題は「日田盆地に伝えられた至宝」
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(A) 金錯鉄帯鉤(B)(C)
A.金銀やガラス玉で龍文を象嵌した鉄の鏡 重要文化財
B.C.金で渦巻文を象嵌した鉄の帯留め
A.大分県日田市日高字東寺ダンワラ古墳出土
B.C.伝大分県日田市刃連町出土
中国・戦国~後漢代 前3~後3世紀

鏡は直径21cm、厚さ2.5cmの鉄製。文様は全体に1/3が残るに過ぎないが、金銀による龍文とガラス玉をはめ込んだ精巧なつくりで、国内唯一の出土例とされる。
帯鉤とは、革帯を留めるバックルのことで金で装飾されている。技法的な特徴から鉄鏡と共伴したとみる見解もある。 
上記のように、解説されていました。
画像は、昭和37年渡辺音吉氏のもとに届いた、梅原教授からの手紙と復元なった金銀錯嵌珠龍文鉄鏡の写真です。

ご参考までに・・・http://k-kawakaki02.seesaa.net/category/2983391-1.html

  • 5.玉枕
  • 投稿日:2008/01/29 23:20

>>4
ありがとうございました。ダンワラ古墳は何世紀の古墳でしょうか?
もし、この鉄鏡がダンワラ古墳から出土したものなら、「豊後風土記」日田郡の条にみられる豪族、日下部氏の祖先が靭負い村にすんでいたとあり、ダンワラ古墳あたりは日下部氏の勢力範囲になりますね。時代的に欽明の時世に重なるとなると朝鮮半島との緊密な関係が窺われ、鏡もそのような状況の中の遺物となりますでしょうか? でも鉄鏡は漢代のもの?伝世でしょうかね?それとも倭鏡?
明日、国会図書館に行くので調べてみます。何しろ赤と緑の玉が付いているので気になる!

  • 6.スケさん
  • 投稿日:2008/01/30 00:17



>>5 画像は、三芳駅から出土地を見たところで、線路の左側です。竹薮の中には、横穴古墳群があります。
残念ですが「ダンワラ古墳」の年代は、ハッキリしていないようです。日下部一族との関係は、法恩寺山古墳群(装飾古墳)が該当すると言われています。数年前に、日下部一族の末裔の方に出会いました。その方の一族は、今でも神社を営んでおり、友人とお参りしてきました。
現在の地名は、刃連(ゆきい)町で、大字では日高(ひだか)です。鏡や帯鉤の出土地や法恩寺山古墳などは、徒歩で10分から20分もあれば相互にいける場所で、沢山の古墳があります。
ご参考までに、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%B3%E3%83%AF%E3%83%A9%E5%8F%A4%E5%A2%B3

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%94%B0%E5%B8%82#.E7.A5.9E.E4.BB.A3.E3.83.BB.E5.8F.A4.E4.BB.A3

http://iris.hita.net/~city/isk/frm/31frm.htm

  • 7.スケさん
  • 投稿日:2008/01/30 08:36



>>6
 玉枕さん、珠玉の色は、白色(透明)、朱色、水色、緑色の4色のようです。また、中央の取っ手のところには、東西南北でしょうか、4文字とともに透明の石が配置されています。また、中央の文字以外にも文字が書かれています。この画像は、レプリカですが、東京国立博物館の蛍光X線分析の結果に基づき忠実に複製した物です。象嵌細工師の妻が仕事中の夫の部屋にお茶を運んだところ、細工師の頭上を小さい龍が回っているのを見たと聞いています。
 私の手元には、金銀錯嵌珠龍文鉄鏡と金錯鉄帯鉤の蛍光X線分析結果、及び写真があります。金錯鉄帯鉤の写真は2枚あります。金錯鉄帯鉤は、日本では4本出土し、そのうちの3本が日田出土と言われています。確かに国立博物館は、「伝」の一文字を付けていますが、手元にある写真の一本は、ある所有者がある所に持ち込み、日田の石丸邦夫氏の元に届けたものです。この金錯鉄帯鉤も東京国立博物館に預けられています。平成10年7月9日付けの東博の出品預証書があります。
 ダンワラ古墳(?)から出土されたとされる出土物は、近くの三芳小学校に展示されていました。しかし、今は散逸しています。考えたくないことですが、持ち出した人の良心で、世間に出してもらいたいものです。
 金錯鉄帯鉤についても、誰が所有していたか推定されています。

  • 8.玉枕
  • 投稿日:2008/01/31 00:26

>>国立国会図書館に行ってきましたがスケさまがお持ちの情報以上のことを見つけるのは難しかったです。昭和37年に梅原末治先生によって現地調査がなされているようですが、その詳細が「豊後日田出の漢金銀錯嵌珠龍紋鉄鏡」国華853がマイクロに収められていて時間が許さず、見ることができませんでした。
ダンワラ古墳は三隈川流域に存在する5世紀代の古墳とされているようでした。
日田市が文化財の宝庫とおっしゃっていましたが、筑後川水系にあるため有明海ともつながり、北部九州ともつながる交通の要所に位置していますね。この地域の方言、日田弁が肥筑方言の特徴をもつと書かれてあり興味深かったです。
問題の鉄鏡がダンワラ古墳出土ではないにしても日田市で発見されていることは豊後の地の重要性を感じます。
手近かな本として「古代の日田」九州考古学研究古墳時代篇 1976年 小田富士雄の書籍を読んでみようと思っています。
7

  • 10.新井信介
  • 投稿日:2008/01/31 11:35

奈良東大寺山古墳の「鉄剣」と、是非、成分比較をしてください。この鉄剣には、「中平・・・」と、184~189年の「黄布の乱」が始まった年の年号が刻まれています。

この日田の鉄鏡の製造年代には二つの可能性が有ります。
 一つは、この鉄剣とおなじく、後漢の中平年代で、
184年か、185年。
 もう一つは、魏の最後、晋の初め、265年 か 266年。

どちらにしても、日本に倭国ができるときに、最も重要だったものに違いありません。
 ただ、この鉄鏡のことが、魏志にはまったくでてきません。東晋の陳寿には、書けない理由があったのでしょう。

  • 12.和製?
  • 投稿日:2008/02/14 21:48

安本美典先生が日田での講演で、日田の鉄鏡は中国ではみられないデザインであると言われていた。その後、季刊邪馬台国で鉄鏡の可能性が書かれていた。

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