« 久津媛神社の周囲を草刈り 2011.10.23. | メイン | 「チェルノブイリ・ハート」「ホワイト・ホース」試写会 2011.10.20. »

日下部神社を訪ねる 2011.10.23.

IMG_892920111023.jpg IMG_893520111023.jpg

会所宮(よそみや)の草刈の後、先日から所在を探していた日下部神社へ、小野勇夫君が案内してくれた。

JR久大線沿いの細い道の奥まったところにあり、法恩寺山古墳群への入り口のたて看板の先に祀られてあった。
今の場所に安置されるまでは、少なくとも3か所移転してるとのことで、今よりも古墳に近い位置にあったようだ。
神社名は、何処にも明示されてい無いため、一人で探すとなると大変なことだ。
年に一回、11月15日に関係者がお祭りをするとのこと。

祠を除くと数体の木像と石像が祭られてあった。相当に古い物のようだ。

日下部神社と言われているから、法恩寺山古墳の7基は、日田の権力者であった日下部氏一族のものと思われる。
線路沿いに東に行くと、金銀錯嵌珠龍文鉄鏡が出土したダンワラ古墳、西に行くと比佐津媛神社に行き当たるが、此処の古墳もダンワラ古墳と同様に九大線建設の際に盛り土が削り取られている。
昭和32年には発掘調査が行われるが、4号墳の報告書には、「特に鈴雲珠は、径13㎝の円形平面をした半球形雲珠の頂上に径4.8㎝の球形鈴をのせたもので、全国的にも類例の少ない貴重なものである。6世紀前半の築造と考えられる。」と記述されている。また、3号墳は、装飾古墳でもある。

日田市は、多くの埋蔵文化財が存在するが、そのどれもが「どうして日田から」と言われるように、貴重な代物が次々と発掘されている。戦前は、「何故だか分からないが、日田は埋蔵文化財の宝庫」と言われていた。

そう言えば、熊本で日下部一族の末裔の女性に出会ったことがある。  日本三大参道下り宮の一つで、高森町にある草部吉見(くさかべよしみ)神社の関係者で、新井信介氏や中山大納言さんらと、神社の境内にあるパワースポットや彼女が製作したストーンサークルにも案内された。

この時は、阿蘇の中岳の麓にある小高い丘陵の地下にある未発表の古代の祭祀場跡にも案内された。この祭祀場の立って阿蘇の外輪山、特に竜の名前がつく山を見た時、会所宮(よそやま)に立って竜体山を見ている錯覚に陥った。

ひょっとして、阿蘇のスモールパッケージが日田? そんな思いが頭を横切った。

その後、誘われて佐賀県小城市の清水の滝(きよみのたき)で、薄氷の張る中、大寒の日の丑三つ時の滝行も一緒した。

 清水の滝(きよみのたき) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%85%E6%B0%B4%E3%81%AE%E6%BB%9D

 法恩寺山古墳群 http://e-obs.com/heo/heodata/n663.htm

 日本三大参道下り宮 http://www.genbu.net/data/higo/kusakabeyosimi_title.htm

 高森町のストーンサークル http://plaza.rakuten.co.jp/suiou/diary/201012240000/

 北海道森町のストーンサークル http://www.hoshigumi.co.jp/tiki/iseki/iseki.html


  

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 日下部神社を訪ねる 2011.10.23.

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.k-kawasaki.info/mt/mt-tb.cgi/2700

2012年2月

      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29      
My Yahoo!に追加

アーカイブ