フクシマの嘘 書き起こし 

ドイツZDFテレビ 放射能メモ

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「フクシマのうそ」 書き起こし

我々は放射能から身を守り、警察から外人と見破られないよう
防護服を着こんだ。
汚染され、破壊した原発が立っているのは立ち入り禁止区域だ。
そこに連れて行ってくれることになっている男性と落ち合った。
なにが本当にそこで起きているか、彼に見せてもらうためだ。
ナカ・ユキテル氏は原子力分野のエンジニア会社の社長で
もう何十年間も原発サイトに出向いて働いてきた。
フクシマでも、だ。
私たちは見破られず、無事チェックポイントを通過した。
作業員たちが作業を終え、原発から戻ってきたところだった。
3月11日に起こったことは、これから日本が遭遇するかもしれぬことの
前兆に過ぎないのかもしれないことが次第にわかってきた。
そしてその危険を理解するには、過去を理解することが必要だ。
(タイトル) フクシマの嘘
(監督) ヨハネス・ハノ
私たちは立ち入り禁止区域の中、事故の起きた原発から約7キロ離れたところにいる。
ナカ氏はここで生活をし
福島第一とフクシマノ第二の間を股にかけて仕事をしてきた。
ナカ氏と彼の部下は、何年も前から原発の安全性における重大な欠陥について注意を喚起してきた。
しかし、誰も耳を貸そうとしなかった。

(ナカ氏)
私の話を聞いてくれた人はほんのわずかな有識者だけで
その人たちの言うことなど誰も本気にしません。
日本ではその影響力の強いグループを呼ぶ名前があります。
原子力ムラ、というのです。
彼らの哲学は、経済性優先です。
この原子力ムラは東電、政府、そして
大学の学者たちでできています。
彼らが重要な決定をすべて下すのです。

私たちは東京で菅直人と独占インタビューした。
彼は事故当時首相で、第二次世界大戦以来
初の危機に遭遇した日本をリードしなければならなかった。
彼は唖然とするような内容を次々に語った、たとえば
首相の彼にさえ事実を知らせなかったネットワークが存在することを。
マスメディアでは彼に対する嘘がばらまかれ
彼は辞任に追い込まれた。
彼が原子力ムラに対抗しようとしたからである。

(菅前首相)
最大の問題点は、3月11日が起こるずっと前にしておかなければ
いけないものがあったのに、何もしなかったことです。
原発事故を起こした引き金は津波だったかもしれないが
当然しておくべき対策をしなかったことが問題なのです。
この過失は責任者にあります。
つまり、必要であったことをしなかった、という責任です。

では原発事故の原因は地震と津波ではなかったのか?
原子力ムラの足跡を辿っていくと、
嘘、仲間意識と犯罪的エネルギーの網の目に遭遇する。
調査は2つの大陸にまたがった。
まずカリフォルニアに飛んだ。
目的地はサン・フランシスコである。
私たちはある男性と話を聞く約束をしていた。
彼は長年原子炉のメンテナンスの仕事で
フクシマにも何度も来ており
かなり深刻なミスや事故を東電が隠蔽するのに遭遇した。
フクシマの第1号原子炉は70年代初めに
アメリカのジェネラルエレクトリック社が建設し
それ以来アメリカのエンジニアが点検を行ってきた。
そしてフクシマでは何度も問題があった。

(ハーノ記者)
東電は、点検後、なにをあなたに求めたのですか?

(スガオカ氏)
亀裂を発見した後、彼らが私に言いたかったことは簡単です。
つまり、黙れ、ですよ。
何も話すな、黙ってろ、というわけです。

問題があるなど許されない
日本の原発に問題など想定されていない
アメリカのエンジニア、ケイ・スガオカ氏も
それを変えようとすることは許されなかった。

(スガオカ氏)
1989年のことです、蒸気乾燥機でビデオ点検をしていて
そこで今まで見たこともないほど大きい亀裂を発見しました。

スガオカ氏と同僚が発見したのは、それだけではない。

(スガオカ氏)
原子炉を点検している同僚の目がみるみる大きくなったと思うと
彼がこう言いました
蒸気乾燥機の向きが反対に取り付けられているぞ、と。
もともとこの原発の中心部材には重大な欠陥があったのだ。
スガオカ氏は点検の主任だったので
正しく点検を行い処理をする責任があったのだが
彼の報告は、東電の気に入らなかった。
私たちは点検で亀裂を発見しましたが、東電は
私たちにビデオでその部分を消すよう注文しました。
報告書も書くな、と言うのです。
私はサインしかさせてもらえませんでした。
私が報告書を書けば、180度反対に付けられている蒸気乾燥機のことも
報告するに決まっていると知っていたからです。

(ハーノ記者)
では、嘘の文書を書くよう求めたわけですか?

(スガオカ氏)
そうです、彼らは我々に文書の改ざんを要求しました。

スガオカ氏は仕事を失うのを怖れて、10年間黙秘した。
GE社に解雇されて初めて彼は沈黙を破り
日本の担当官庁に告発した。
ところが不思議なことに、告発後何年間もなにも起こらなかった。
日本の原発監督官庁はそれをもみ消そうとしたのだ。
2001年になってやっと、スガオカ氏は「同士」を見つけた。
それも日本のフクシマで、である。
18年間福島県知事を務めた佐藤栄佐久氏は
当時の日本の与党、保守的な自民党所属だ。
佐藤氏は古典的政治家で
皇太子夫妻の旅に随行したこともある。
始めは彼も、原発は住民になんの危険ももたらさないと確信していた。
それから、その信頼をどんどん失っていった。

(佐藤前知事)
福島県の原発で働く情報提供者から約20通ファックスが届き
その中にはスガオカ氏の告発も入っていました。
経産省は、その内部告発の内容を確かめずに
これら密告者の名を東電に明かしました。
それからわかったことは、私も初めは信じられませんでした。
東電は、報告書を改ざんしていたというのです。
それで私は新聞に記事を書きました。
そんなことをしていると、この先必ず大事故が起きる、と。

それでやっと官僚たちもなにもしないわけにはいかなくなり
17基の原発が一時停止に追い込まれた。
調査委員会は、東電が何十年も前から重大な事故を隠蔽し
安全点検報告でデータを改ざんしてきたことを明らかにした。
それどころか、フクシマでは30年も臨界事故を隠してきたという。
社長・幹部は辞任に追い込まれ、社員は懲戒を受けたが
皆新しいポストをもらい、誰も起訴されなかった。
一番の責任者であった勝俣恒久氏は代表取締役に任命された。
彼らは佐藤氏に報告書の改ざんに対し謝罪したが
佐藤氏は安心できず、原発がどんどん建設されることを懸念した。
そこで佐藤氏は日本の原発政策という
「暗黙のルール」に違反してしまった。
2004年に復讐が始まった。

(佐藤前知事)
12月に不正な土地取引の疑いがあるという記事が新聞に載りました。
この記事を書いたのは本来は原発政策担当の記者でした。
この疑惑は、完全にでっち上げでした。
弟が逮捕され
首相官邸担当の検察官が一時的に福島に送られて検事を務めていた。
彼の名はノリモトという名で
遅かれ早かれ、お前の兄の知事を抹殺してやる、と弟に言ったそうです。
事態は更に進み、県庁で働く200人の職員に
圧力がかかり始めました。
少し私の悪口を言うだけでいいから、と。
中には2、3人、圧力に耐え切れずに
自殺をする者さえ出ました。
私の下で働いていたある部長は、いまだ意識不明のままです。

それで、同僚や友人を守るため、佐藤氏は辞任した。
裁判で彼の無罪は確定されるが
しかし沈黙を破ろうとした「邪魔者」はこうして消された。
これが、日本の社会を牛耳る大きなグループの復讐だった。
そしてこれこそ、日本で原子力ムラと呼ばれるグループである。

(菅前首相)
ここ10~20年の間、ことに原子力の危険を訴える人間に対する
あらゆる形での圧力が非常に増えています。
大学の研究者が原発には危険が伴うなどとでも言おうものなら
出世のチャンスは絶対に回ってきません。
政治家はあらゆる援助を電力会社などから受けています。
しかし、彼らが原発の危険性などを問題にすれば、
そうした援助はすぐに受けられなくなります。
反対に、原発を推進すれば、多額の献金が入り込みます。
それは文化に関しても同じで
スポーツやマスコミも含みます。
このように網の目が細かく張りめぐらされて
原発に対する批判がまったくなされない環境が作り上げられてしまいました。
ですから原子力ムラというのは決して小さい領域ではなくて
国全体にはびこる問題なのです。
誰もが、この原子力ムラに閉じ込められているのです。

東電から献金を受け取っている
100人以上の議員に菅首相は立ち向かった。
その中には前の首相もいる。やはり彼と同じ政党所属だ。
ネットワークは思う以上に大きい。
多くの官僚は定年退職すると、電事業関連の会社に再就職する。
1962年以来東電の副社長のポストは
原発の監査を行うエネルギー庁のトップ官僚の指定席だ。
これを日本では天下り、と呼んでいる。
しかし反対の例もある。
東電副社長だった加納時男氏は当時与党だった自民党に入党し
12年間、日本のエネルギー政策を担当し
それからまた東電に戻った。
このネットワークについて衆議院議員の河野太郎氏と話した。
河野氏の家族は代々政治家で
彼の父も外相を務めた。
彼は、第二次世界大戦後日本を約60年間に渡り
支配した自民党に所属している。
原発をあれだけ政策として推進してきたのは自民党である。

(河野議員)
誰も、日本で原発事故など起こるはずがない、と言い続けてきました。
だから、万が一のことがあったらどうすべきか、という準備も
一切してこなかったのです。
それだけでなく、原発を立地する地方の行政にも
危険に対する情報をなにひとつ与えてこなかった。
いつでも、お前たちはなにも心配しなくていい
万が一のことなど起こるはずがないのだから、と。
彼らはずっとこの幻想をばらまき事実を歪曲してきた
そして今やっと、すべて嘘だったことを認めざるを得なくなったのです。

この雰囲気が2011年3月11日に壊れた。
日本がこれまでに遭遇したことのない大事故が起きてからだ。
14時46分に日本をこれまで最大規模の地震が襲った。
マグニチュード9だった。
しかし、地震は太平洋沖で始まったその後の
ホラーの引き金に過ぎなかった。
時速数百キロという激しい波が津波となって
日本の東部沿岸を襲った。
津波は場所によっては30メートルの高さがあり
町や村をのみこみ消滅させてしまった。
約2万人の人がこの津波で命を失った。
そして福島第一にも津波が押し寄せた。
ここの防波堤は6メートルしかなかった。
津波の警告を本気にせず
処置を取らなかった東電や原発を監査する当局は
警告を無視しただけでなく、立地場所すら変更していたのだ。

(菅前首相)
もともとは、原発は35mの高さに建てられる予定でした。
しかし標高10mの位置で掘削整地し
そこに原発を建設したのです、低いところの方が
冷却に必要な海水をくみ上げやすいという理由で。
東電がはっきり、この方が経済的に効率が高いと書いています。

巨大な津波が、地震で損傷を受けた福島第一を完全ノックアウトした。
まず電源が切れ、それから
非常用発電機が津波で流されてしまった。
あまりに低い場所に置いてあったからである。
電気がなければ原子炉冷却はできない。

(菅前首相)
法律ではどの原発もオフサイトサンターを用意することが義務付けられています。
福島第一ではその電源センターが原発から5キロ離れたところにあります。
これは津波の後、1分と機能しなかった。
それは職員が地震があったために、そこにすぐたどりつけなかったからです。
それで電源は失われたままでした。
こうして送電に必要な器具はすべて作動しませんでした。
つまりオフサイトサンターは、本当の非常時になんの機能も果たさなかったということです。
法律では原発事故と地震が同時に起こるということすら想定していなかったのです。

菅直人はこの時、原発で起こりつつある
非常事態について、ほとんど情報を得ていなかった。
首相である彼は、テレビの報道で初めて、
福島第一で爆発があったことを知ることになる。

(菅前首相)
東電からは、その事故の報道があって1時間以上経っても
なにが原因でどういう爆発があったのかという説明が一切なかった。
あの状況では確かに詳しく究明することは難しかったのかもしれないが
それでも東電は状況を判断し、それを説明しなければいけなかったはずです。
しかし、それを彼らは充分に努力しませんでした。

2011年3月15日、災害から4日経ってもまだ
東電と保安院は事故の危険を過小評価し続けていた。
しかし東電は菅首相に内密で会い、
職員を福島第一から撤退させてもいいか打診した。
今撤退させなければ、全員死ぬことになる、というのだ。

(菅前首相)
それで私はまず東電の社長に来てもらい
撤退はぜったい認められない、と伝えた。
誰もいなくなればメルトダウンが起き
そうすれば莫大な量の放射能が大気に出ることになってしまう。
そうなってしまえば広大な土地が住めない状態になってしまいます。

菅は初めから東電を信用できず
自分の目で確かめるためヘリコプターで視察した。
しかし首相である彼にも当時伝えられていなかったことは
フクシマの3つの原子炉ですでにメルトダウンが起きていたということだ。
それも災害の起きた3月11日の夜にすでに。

(菅前首相)
東電の報告にも、東電を監査していた保安院の報告にも
燃料棒が損傷しているとか
メルトダウンに至ったなどということは一言も書かれていなかった。
3月15日には、そのような状況にはまだ至っていないという報告が私に上がっていました。

事故からほぼ1年が経った東京。
世界中であらゆる専門家が予想していたメルトダウンの事実を
東電が認めるまでなぜ2ヶ月も要したのか、私たちは聞こうと思った。
自然災害が起きてからすぐにこの原発の大事故は起きていたのである。

(ハーノ記者)
「原子炉1号機、2号機そして3号機でメルトダウンになったことを、東電はいつ知ったのですか」

(東電・松本氏)
「私どもは目で見るわけにはいきませんが
上がってきましたデータをもとに事態を推定し
燃料棒が溶けおそらく圧力容器の底に溜まっているだろう
という認識に達したのは5月の初めでした。」

膨大なデータに身を隠そうとする態度は今日も変わらない。
東電は、毎日行う記者会見でこれらのデータを見せながら、事態はコントロール下にあると言い続けている。
しかしこれらのデータの中には、本当に責任者たちは
なにをしているのかわかっているか、疑いたくなるような情報がある。
たとえばスポークスマンはついでのことのように
放射能で汚染された冷却水が「消えてしまった」と説明した。 
理由は、原発施設ではびこる雑草でホースが穴だらけになっているという。

(ハーノ記者)
「放射能で汚染された水を運ぶホースが
雑草で穴が開くような材料でできているというのですか?」

(東電・松本氏)
「草地に配管するのは私たちも初めてのことですが
穴があくなどのことについては知見が不十分だったと思っています。」

しかし原発の廃墟をさらに危険にしているのは
雑草だけではない。
私たちは富岡町に向かった。
ゴーストタウンだ。
原発廃墟の福島第一から7キロのところにある。
私たちはナカ氏に便乗した。
彼のような住民は、個人的なものをとりに行くためだけに
短時間だけ帰ることが許されている。
彼は、地震に見舞われた状態のまま放り出された会社を見せてくれた。
今では放射能のため、ここに暮らすことはできない。

(ナカ氏)
この木造の建物はとても快適でした。
とても静かで、夏は涼しく、冬は暖かかった。
私たちは皆ここで幸せに暮らしていました。

80人の原発専門のエンジニアが彼のもとで働いており
原発事故後も、事故をできるだけ早く収束しようと努力している。
ナカ氏と彼の社員は、原発廃墟で今本当になにが起きているのか知っている。

(ナカ氏)
私たちの最大の不安は、近い将来、
廃墟の原発で働いてくれる専門家がいなくなってしまうことです。
あそこで働く者は誰でも、大量の放射能を浴びています。
どこから充分な数の専門家を集めればいいか、わかりません。

しかし、まだ被爆していない原発の専門家を集めなければ
事故を収束するのは不可能だ。
例えこれから40年間、充分な専門家を集められたとしても
日本も世界も変えてしまうことになるかもしれない一つの問題が残る

(ハーノ記者)
今原発は安全なのですか?

(ナカ氏)
そう東電と政府は言っていますが
働いている職員はそんなことは思っていません。とても危険な状態です。
私が一番心配しているのは4号機です。
この建物は地震でかなり損傷しているだけでなく
この4階にある使用済み燃料プールには
約1300の使用済み燃料が冷却されています。
その上の階には新しい燃料棒が保管されていて
非常に重い機械類が置いてあります。
なにもかもとても重いのです。もう一度大地震が来れば
建物は崩壊してしまうはずです。
そういうことになれば、また新たな臨界が起こるでしょう。

このような臨界が青空の下で起これば
日本にとって致命的なものとなるだろう。
放射能はすぐに致死量に達し、原発サイトで働くことは不可能となる。
そうすれば高い確率で
第1、2、3、 5、 6号機もすべてが抑制できなくなり
まさにこの世の終わりとなってしまうだろう。
東京で著名な地震学者の島村英紀氏に会った。
2月に東大地震研が地震予知を発表したが
それによれば75%の確率で4年以内に
首都を直下型地震が襲うと予測されている。

(ハーノ記者)
このような地震があった場合に原発が壊滅して
確率はどのくらいだとお考えですか?

(島村教授)
-はい、とても確率は高いです。

(ハーノ記者) 
-どうしてですか?

(島村教授)
計測している地震揺れ速度が、これまでの予測よりずっと速まってきています。
私たちはここ数年千以上の特別測定器を配置して調査してきましたが
それで想像以上に地震波が強まり、速度も増していることがわかったのです。

これは日本の建築物にとって大変な意味を持つだけでなく
原発にとっても重大な問題となることを島村氏は説明する。

(島村教授)
これが原発の設計計算です。
将来加速度300~450ガルの地震が来ることを想定しています。
そして高確率で発生しないだろう地震として600ガルまでを想定していますが
この大きさに耐えられる設計は原子炉の格納容器だけで
原発のほかの構造はそれだけの耐震設計がされていないのです。
しかし私たちの調査では、最近の地震の加速度がなんと
4000ガルまで達したことがわかっています。
想定されている値よりずっと高いのです。

(ハーノ記者) 
電気会社は、それを知って増強をしなかったのですか?

(島村教授)
今のところ何もしていません、不十分であることは確かです。
これだけの地震に耐えられるだけの設計をしようなどというのは
ほとんど不可能でしょう。

ここは原発廃墟から60キロ離れた場所だ。
フクシマ災害対策本部では東電、保安院、福島県庁が共同で
原発の地獄の炎を鎮火するための闘いの調整をはかっている。
私たちは東電の災害対策部責任者にインタビューした。
ことに彼に訊きたいのはどうやって今後
これだけ損傷している原発を大地震から守るつもりなのか、ということだ。
ことに、危ぶまれている4号機について訊いた。

(東電・白井氏)
4号機の使用済み燃料プールには夥しい量の使用済み燃料が入っています。
これをすべて安全に保つためには、燃料プールの増強が必要です
燃料プールのある階の真下に、新しい梁をつけました。

(ハーノ記者) 
原発はほとんど破壊したといってもいいわけですが
原発が健在だった1年前ですら大地震に耐えられなかった構造で
どうやって次の地震に備えるつもりなのでしょうか?

(東電・白井氏)
我々は耐震調査を4号機に限らず全体で行いました。
その結果、問題ないという判断が出ています。

(ハーノ記者) 
でも地震学者たちは4000ガルまでの地震加速度が測定されていて
これだけの地震に耐えられるだけの原発構造はないと言っています。
半壊状態のフクシマの原発の真下でそのような地震が来ても
全壊することはないと、なぜ確信がもてるのですか?

(東電・白井氏)
その4000ガルという計算は別の調査ではないでしょうか
それに関しては、私は何とも言いかねます。

(ハーノ記者) 
原発を日本で稼動させるだけの心構えが、東電にできているとお考えですか?

(東電・白井氏)
それは答えるのが難しいですね。

(ナカ氏)
これがやってきたことの結果です。
この結果を人類はちゃんと知るべきだと思います。
一緒に未来の政策をつくっていくことができるように



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あなたのブログに、書き起こし文を掲載してください、
日本中の人が目にするまで、拡散してください。


--> 原発関連のドイツの番組(日本語字幕)

雨で地盤が陥没の恐れ 2012.07.19.

 

道路陥没に注意を 日田、地盤の緩みが進行

 

[2012年07月19日 大分合同新聞

約4メートル四方にわたって陥没した日田市求町の市道

 大分県豪雨の度重なる水害に見舞われた日田市では路面下の地盤が緩んでおり、冠水した道路では水が引く際にアスファルト下の土砂が流失する可能性などがある。18日までに計11カ所で道路の陥没が確認されており、長尾善光市土木課長は「路面に不自然な段差や亀裂を見つけたら通らず、すぐ市に連絡してほしい」と注意を呼び掛けている。

 市によると、3日の豪雨以降、市道で9カ所、県道と国道386号で各1カ所の陥没が発生。道路下に水路が通っている箇所や冠水した道路、山沿いの市道などで、川沿いだけでなく山間部でも起きている。
 16日正午ごろには同市求町の市道で、乗用車が通過した直後に道路が約4メートル四方(深さ約3メートル)にわたって陥没。現場近くの実家にたびたび帰省する市内の看護師竹内佳美さん(36)は「雨が上がった後なのにこんな大きな穴が開くなんて...。もし自分の車が通った時に陥没していたらと思うとぞっとする」と話していた。
 陥没箇所は通行止めにしたり埋め戻しなどの応急処置をしている。長尾課長は「直接、浸水被害がなかった道路でも陥没が発生する危険性があり、注意してほしい」としている。
 問い合わせは市土木課(TEL0973-22-8216)へ。

日田市災害ボランティアセンターから 2012.07.19.

 災害ボランティアセンターからお知らせ

更新日 : 2012年 7月19日

 7月3日、14日の大雨によって日田市内の各地で浸水などの被害が出たことを受け、
家の片付け等のお手伝いができるボランティアの方を募集していましたが、
ボランティアに来てほしいという依頼件数も減少傾向にあります。
 そこで、運営体制の整理をするため、7月20日(金)はボランティアセンターを休む
ことになりました。 
 なお、7月21日(土)・22日(日)は集中的にボランティア活動を行いますので、
皆さんのご協力をお願いします。
 また、ボランティア要請の受付は、いったん7月20日正午で締め切らせていただきます。
日田市社会福祉協議会ホームページへ(外部リンク)
http://www.hitashakyo.jp/saigai2.html
申込み・連絡先

【申込先】   日田市社会福祉協議会 地域福祉係
【電話番号】  080-6407-3502又は080-6407-3506
       ※20日以降のご相談は、<0973-24-7026>まで
【ファックス】  0973-24-3452
【メール】    shakyo877@kind.ocn.ne.jp
【受付時間】  午前9時~午後5時

 ※現在、ボランティアは、大分県内及び隣県の方を対象に募集しています。
   ご協力をよろしくお願いいたします。

このページに関するお問合せ

日田市 福祉保健部 社会福祉課 福祉総務係
〒877-8601 大分県日田市田島2丁目6番1号(市役所1階)
電話番号:0973-22-8203(直通) ファックス番号:0973-22-8258

水害に関するお知らせ 2012.07.17.

 
★ 災害に関するお知らせ ★    7月10日(火)現在  7月17日(火)発行
                            日田市災害対策本部

 7月3日からの大雨により被害に遭われた市民の皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
 市では、家屋の浸水、道路や河川堤防の崩壊による上下水道等のライフラインの切断など多くの被害を受け、全力を挙げて早期の復旧に努めているところでございます.
1日も早く、市民の皆様が元の生活と安心して暮らせるまちを取り戻すために、次にお知らせします災害対策などに取り組んでおります。ご支擾とご協力をお願いいたします。
                                                                     日田市長 原田啓介

大雨による災手の申請手続【問合せ】税務課資産税係 電話:22-8206(市役所1階)
 大雨による災書は、各種の被災者支援制度の適用を受けるために必要な書類の一つで、家屋の被害程度について証明するものです。申請手続を下記の窓口で行っています.
午前8時30分~午後5時迄
 受付時間 
 受付場所 鋭務課資産税係                            
 必要事頻 印鑑、住宅被災写真(可能な限り)、本人確認ができるもの
 ※同一世帯でない方が申請に来る場合は、委任状が必要です。
 ※現地確忍及び証明書の発行は、後日になります.
 ※補修を行う前に、被害家屋の写真を撮影しておいてください。
 ※災害に係る証明書は、無料で交付します.

★被災者への支援 【間合せ】健康保険課国保・年金係 電話:22-8271(市役所1階)

◆毛布・緊急セット(タオル、軍手、絆創膏、ラジオ等24品目)の配分(日本赤十字関係)--------------------------------------
      区 分       毛 布       繋急セット
--------------------------------------
住宅の全壊、流出、半壊等で寝具 世帯人員    世帯人員4人毎に1個
  が使用できない場合     枚数
--------------------------------------
   半壊、床上浸水      ---    世帯人員4人毎に1個
--------------------------------------

★日田市災害被災者住宅再建支援金

  次のような被害に遭われた建物にお住まいの方は、日田市災害被災者住宅再建
  支援金が受けられます.

 全壊  住宅がその住居のための基本的機能を喪失したもの
 半壊   住宅がその住居のための基本的機能の一部を喪失したもの
 床上浸水 床上浸水及び土砂等の堆積により、一時的に居住することができないもの

 ・必要書類 住民票、り災証明書、通帳の写し等             ′
 
★災害援護資金の貸付
                     .
  住居や家財に損害がある場合は、災害援護資金の貸付を受けることができます。
  なお、所得の状況により貸付を受けることができない場合もありますので、詳しくは  お問い合わせください。

 ・必要書類 所得証明書、り災証明書、納税証明書、住民票の謄本及び印鑑証明書

★中小企業者への支援【問合せ】商工労政課地場産業振興係 電話:22-8239市役所3階
 被災された中小企業者への災害復旧融資の特別相談を行っています.
■特別相談窓口 日田商工会議所    電話:22-3184(午前8時30分~午後5時30分)
        日田地区商工会    電話:57-2976(午前8時30介

~午後5時15分)
      商工労政課地場産業振興係 電話:22-8239(午前8時30分~午後5時)

       ※土・日曜日、祝日を除きます。


★消毒液と石灰の配布について 問合せ】
   健康保険課保健医療係 電話:24-3000(ウェルピア内)

◆家屋の消毒
・現在浸水した家屋を順次実施しています.
・家庭でできる消毒液(噴霧機用又はふき取り用)の配布を行っています。(1世帯1本)
 配布場所 総合保健福祉センター「ウェルピア」(午前8時30分~午後5時)

◆消石灰
・建物等の被害に遭われた方に、消石灰を配布しています.
 配布場所 捻合保健福社センター「ウェルピア」(午前8時30分~午後5時)

★災書ごみの排出  【問合せ】環境課生活環境係 電話:22--8208(市役所2階)
7月31日まで無料で受け付けています.分別して持ち込んでください。詳細は、お問い合
わせください。
-------------------------------------
            分   別            排 出 先
-------------------------------------
粗大ごみ	畳、ふすま、家具類、布団、毛布等	
-------------------------------------
カナモノ	電化製品等(家電リサイクル品以外)	
-------------------------------------
燃やせるごみ	汚れた衣類専く袋に入れてください)	清掃センター
-------------------------------------
ビン・ガラス類	割れたガラス等(袋に入れてください)	(緑町1丁目)
-------------------------------------
土砂	    家に入ってきた土砂等
-------------------------------------
流木類	    流木、水草(ヨシ)等
-------------------------------------家電リサイクル品 テレビ、エアコン、冷蔵(冷凍)庫、     平山産業)緑町1丁目)
         洗濯機、衣類乾燥機 
-------------------------------------
 ※災害ごみ。以外は有卦です.

★無料で入浴できます。

日田温泉旅館協同組合が被災された方を対象に、無料入浴を提供しています.(7月31日迄)
入浴ができない場合もありますので、事前に各旅館にご確認ください.


	鮒時同	一壱♯号		鮒時同	一竜手号

ひなの里山陽館      正午~午後8時   電話:22-2134 
リバーサイドホテル山水館 正午~午後8時   電話:22-3123
亀山亭示テル	     正午~午後8時   電話:23-2191
アル・ステージ小松軒	 午後4時~午前0時  電話:23-3153
日田の宿よろづや	 正午~午後8時	   電話:22-3138
ちっちゃな宿枇杷の樹	 正午~午後8時	   電話:24-1666
小京都の湯みくま示テル	 正午~午後8時	   電話:23-3000			
・豊後・大山ひぴきの郷 市役所1階健康保険課で、希望される被災者の方に
            入洛券を配布しています。(先着1,000枚)

・うめ乃ゆ (家族風呂)
 毎週火・金曜日(午前10時~午後10時)に、被災者の方に家族風呂を一
 部開放しています.(7月31日まで)
(事前予約不要。受付時に住所が分かるものを提示してください)

★特別行政相談所【間合せ】市民活動推進課3日以内窓口 電話22・8233(市役所1階)
 行政機関等が一堂に会し、ワンストップで相談を受け付ける「被災者支援特別行政
 相談所」を開設します。

・とき   7月27日金=午前10時~午後3時
・lところ 市役所7階大会議室

★その他の連絡先
------------------------------------
  被害内訳                担当部署      電話
-------------------- ---------------
市道、準用河川(小規模)に関する被害     土木課      22-8294
国・県道、小貯川・有田川に関する被害     日田土木事務所  23-2141
花月川に関する被害        国土交通省筑後川工事事務所  23-5291
水道に関する被害       、       水道課      22-8220
下水道に関する被害              下水道課     22-8219
山林に関する被害               林業振興課    22-8362
農地・農業施設に関する被害          農業振興課    22-8211
水稲・園芸施設に関する被害(各共済加入者対象)共済組合日田支所 22-8225
------------------------------------




朝は大水害、夜は祇園祭り 2012.07.14・15.

 
深夜に神輿洗い (写真22枚)
 
いつもなら、14日の午後11時に八坂神社に集合し神事を済ませ、
 
神輿を洗いに三隈川へ。
 
ところが、今年は三隈川が大増水で危険ですから、
 
神輿を担いで町内を練り歩き
 
八坂神社に戻って
 
祇園山鉾会館の防火水槽から手動ポンプ車で水を汲み上げ
 
神輿を洗いました。
 
今日は、早朝から記録的短時間集中豪雨に襲われ、
 
夕方より雨が上がり例年通りの日田祇園の神輿洗い。
 
なんという一日でしょう。
 
3日を入れて12日目に再び短時間集中豪雨とは、
 
被災者の方には二重苦で体から力が抜けたのでは。
 
大変でしょうが、力を合わせて乗り越えてゆきましょう。
 
写真
写真
写真
写真
 
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  • 一夜明けての三隈川 2012.07.15.

     
    新聞報道によると、
     
    流失・損壊した屋形舟は7雙とのこと。
     
    写真
    写真: 対岸のみどり橋に多くのごもくぞうが。
    写真
    写真
     
     
     
    三隈川右岸に設置され、
     
    オープンの日に水没した鮎簗場。
     
    流木やガレキが沢山引っかかって営業を延期。
     
    写真: 水害の時、多くの人命を助けた椋の木。
    写真
    写真: 椋の木の下にある、日田のあゆ簗場。祇園祭の時に寄るんですが、祇園祭りに復旧が間に合うでしょうか。
    写真: 梁に多くのガレキが。いつもの増水時は、鮎以外にうなぎやナマズも上がってくるんですが。
     
  •  
  • 三隈川の簗場も、屋形舟も 2012.07.14.

     
    もう少し水没したら流失していたでしょう。
     
    やな場が大変ですが、手が出せません。
     
    見るだけです。
     
    写真: やな場がぁ~~(;o;)
     
    今まで、こんなに水位が上がることは無かったのに。
    写真
     
    神輿洗いに行く途中、
     
    三隈川沿いに車を走らせると
     
    屋形船が岸に打ち上げられ損壊していました。
     
    今までこんな光景を見たことがありません。
     
    写真
    写真
    写真
    写真
     

    増水した濁流の怖さ、竹槍が水中から 2012.07.14.

     
     
    一瞬、ヒヤリとしました。

    串川の濁流の中から青竹が、
     
    仕掛け竹槍のように伸びてきて電線の付近まで高く届くと、
     
    アッという間に濁流に引き込まれ橋の欄干の下に吸い込まれました。

    すると、二度目の竹槍が、
     
    バリバリと音を立てて再び天空に伸び、
     
    アッという間に引き込まれて行きました。

    もし、橋の上で濁流を見ていたら串刺しになっていたでしょう。
     
    串川で串刺しとは洒落にならないですね。

     自然の凄まじさと偶然の恐ろしさを改めて感じました。
     
    -- 場所: 日田市石井町1丁目
     

    三隈川が増水、雨足も強く 2012.07.14.

     
     
    いつものように雨降りは東屋でラジオ体操を。
     
    しかし、3日よりも雨の降り方が激しいようです。
     
    河川敷は完全に水没。
     
    3日は、河川敷まで水があがっていませんでした。
     
    -- 場所: 日田市中の島西端 東屋
     
     
     
     
    串川が増水していると言うので見に行くと、
     
    焦げ茶の濁流が勢いよく流れて流れ、今にも溢れそうです。
     
    -- 場所: 日田市石井町1丁目
     
     
     

    日田市串川も氾濫危険水位に 2012.07.14.

     
     
    石井町1丁目の寺内地区は、
     
    宮田川が増水し水田が水没。
     
    低地での家屋の床上浸水、床下浸水も発生。崖崩れも。
     
    写真: 川のように雨水が

     

    写真: 凄い勢いの濁流が堤防を洗っています。
    写真: 喫水スレスレ
     
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