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石畳を見て思い出す

 
この石畳を見ると一人の友人を思い出します。
 
 
写真: こんばんは!
石坂石畳道を歩いて ほんわかハート♡ ♡
みなさん 一日お疲れさまでしたぁ(#^.^#)
  • 川崎 邦輔 日田市の秋原町から伏木町への石畳。旧下毛郡山国町から中津市へ通じています。下毛郡(しもげぐん)は中津市に合併され地名が消失しましたが、県境の対岸の大平村と新吉富村が合併し、上毛町(こうげまち)が誕生しました。昔は、上毛と下毛の地名が揃っていました。
    話がそれましたが、この石畳、中津から周防灘の貴重な塩が運ばれてくるので「塩の道」とも呼ばれていました。また、この石畳の坂道を荷を乗せた馬が通るので、その部分は馬の蹄を守るためにやわい石を敷いています。
    この石畳の坂道を上ると伏木町に着きます。そこから下毛郡山国町守実(もりざね)は下り坂で温泉があります。この伏木から耶馬溪までは、阿蘇山よりも古い時代の火山地帯です。それで耶馬溪のような奇岩が各所に見ることができる景勝地となっています。
    今の九州の形は、阿蘇の第四火砕流の噴火によって形成されました。その時、8万9千年前の噴火でなぎ倒された樹木が日田市の小野川で見つかりました。表面は火砕流の熱で焼き焦がれており、手にすると硫黄の匂いがします。約9万年前の匂いです。
    この小野川の火砕流の樹木と同じものが伏木町にもあります。圃場整備の時に、水田から大きな木の株や倒木がいくつも発見されました。この地の言い伝えでは、大きな木がたくさん繁り、昼間でも日が射さない「うどぐらい」ところだったそうです。昔の人は、大きな木の株や倒木を見てすごい森を想像したのでしょう。でも、この地の地名は伏木です。木が伏せっています。そうです、阿蘇の第四火砕流が大きな木をなぎ倒し、その痕跡が伏木という地名になったのでしょう。
    伏木には、火山の噴火口あとと思われるものがあり、また神社には他には見られない白い狛犬がなどと語ってくれた自然を愛する友人がいました。たくさんの種類の木を集めて、それぞれの材質を生かしたキッチンクラフトを制作していました。
    伏木への石畳の坂道を見て、クラフトの達人だつた、木を愛して止まなかった友人を思い出しました。
     

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